第3章 不在の代償
その言葉に逢坂は狼狽し、おずおずと聞き返してきた。
『…本当に?』
「はい。本当っすよ」
逢坂は珍しく目を輝かせ、緩む頬を必死に一文字に結んでいる。
その反応を見て、天海はその後に続けようと思っていた言葉を飲み込んだ。
「逢坂さんは俺のこと、大切な友達だと思ってくれてるんすよね?」
『そう思ってるよ』
「…よかった」
(……本当は、良くないんすけど。でも嬉しそうだし、このままでいるのがきっと…)
一年間、不在の時間が多いとはいえ、側で逢坂を見てきた。
だから分かったことがある。
逢坂は自分との間に、恋人同士の関係など求めていない。
必要として、必要とされる。
それだけで、彼女はきっと満足なのだ。
強い孤独感にさいなまれている彼女が、世界を飛び回る自分と結ばれたとしても、その関係は彼女とっての毒にしかならない。
(……きっと…これが俺にできる最善の選択)
逢坂に妹の話をしたのは、天海の勘違いのせいだった。
入学式の後、廊下ですれ違った逢坂の後ろ姿を、旅先ではぐれた妹の姿と錯覚した。
すいません、人違いでした、と謝った彼女は、偶然にも自分と同じクラスで、近くの席で。
新しい教室に馴染めていないのか、一人ぽつりと過ごしている彼女が、慣れない土地できっと心細い思いをしていただろう妹の姿と重なって、放っておけなかった。
『あの時誰と間違ったの?』
そうまっすぐに聞いてきた彼女の言葉に、なぜ馬鹿正直に答えたのかはわからない。
「妹っすよ」
『へー、だと思った』
「なんで?」
『兄貴っぽい』
「はは、兄貴って言っても俺はダメ兄貴っすよ」
ふーん?とさして興味がなさそうに、彼女は答えた。
だから、彼女の側にいるのが心地よかった。
無駄な詮索をしてこない、言いようによっては、協調性のない彼女。
なんとなく仲良くなって、なんとなくお互い口数が増えた。
高校に入ってからと言わず、中高で知り合った人の中で、逢坂が一番安心して側に居られる人だと思うようになった頃、珍しく逢坂が天海に質問をしてきた。
『なんでダメ兄貴なの?』
「……え?」
『一緒に過ごしててダメだと思うところが見つからない。どうして?』