第3章 不在の代償
(……人の体温か)
そんなこと、気にしたこともなかった。キーボの身体も起動時には人と同程度の温かさを発しているのだが、それを実感できない身である以上、体温とは、どの程度の温かさなのか気になるようだ。
(…盲点だった)
そもそも、逢坂は人の温かさに興味など抱いたことがない。
キーボができる限り自身の存在と周りの人の間に差を感じないように製作したはずだったのだが、もはや逢坂の感性よりも、もしかするとキーボの方が感受性が豊かなのかもしれない。
『…キーボ、なんで人の体温が気になるの?』
「え。人は、人肌に触れると安心すると昼のドラマでやっていました」
『なんのドラマを見たのかすごく気になるけどどうぞ続けて』
「あ、はい。人肌に触れると安心するということは、人肌から発生する熱に触れると安心するということですよね。ということは、人の体温を再現できれば、ボクも人を安心させられる温度を保つロボットになれるということになります」
『…んー、人肌に触れると安心するっていうのは…たぶん、そこに誰かの存在を感じるからじゃないのかな』
「誰かの存在を?」
『自分と同じ肌の感触、自分と似た体温の温かさ、相手に触れることを許される肯定感…人肌に触れると安心するっていうのは、いろんな見方があるよ』
(……あれ?)
「では、体温を人と同程度に保つだけでは、ボクは安心感を与えるロボットにはなれないということでしょうか」
『……いや、そんなことないよ。体温を感じて安心する人もいれば、感触を通じて安心する人もいる。伸ばした手を受け入れられることだけで安心する人もいるし…』
説明していて、あの寒い日の夜を思い出した。
研究室に押しかけた王馬と、ローテーブルを挟んで眠りについたあの日。
彼は私に手を伸ばした。
ーーーーー逢坂ちゃん
手を繋いで、満足したかのように彼は眠りについた。
毛布から出した手が、朝方になって寒くて冷たくなっても、彼は絶対に離したりしなかった。
(……なら、あの時、彼は安心したかったんだろうか)