第3章 不在の代償
その大音量の愚痴を背中越しに聞いていた逢坂は急加速してUターンしてくると、王馬の口を塞いだ。
『お静かに』
「………」
非難するような視線を向けてくる王馬は、自身の口を塞ぐ逢坂の手をぺろっと舐めた。
ぞわわ、と身体に寒気が走り、弱々しい逢坂の悲鳴が廊下に響く。
それと同時に、朝のホームルームを告げるチャイムが鳴り、王馬の顔から手を離した逢坂に向けて、王馬がもう一度舌を出した。
「嘘だよ。弄ばれてなんかないもんね?悪の総統にそんなことしたらどうなるか、逢坂ちゃんはわからない子じゃないもんね」
『…嘘をつくなら、嘘だよってところまで大声で言いなよ』
「嘘は本当かどうかわからないから面白いんじゃん。それよりいいの?」
『…なにが?』
「天海ちゃん戻ってくるけど、オレと話してるところ見せるのは、今の彼にとってどう映るのかなー」
王馬の言葉に振り向くと、さっき彼の姿を見失った曲がり角から、天海が戻ってくるところだった。
じゃあまたね、と王馬に言葉をかけ、それを見た逢坂は教室へと戻っていってしまう。
「……ふーん、周りから見てオレが特別に見えるようなことは避けたいんだ。ちょっと期待したんだけどなぁ」
天海を優先して立ち去って行く彼女の背中を見送って、王馬が眉を八の字に寄せた。
その横を天海が通り過ぎ、お互いの視線が一瞬だけ交わる。
ピリついた雰囲気をまとった彼の背に、王馬がいつもの調子で声をかけた。
「おっはよー天海ちゃん、朝からイラついてるね。どうしたの?まさか過去に囚われて自分はふらふらと逢坂ちゃんを置き去りにして旅に出てばかりなのに、一度くらい置き去りにされたからって怒ってるわけじゃないよね?」
「……王馬君、ホームルーム始まるっすよ」
相手にすることなく、一瞬足を止めた天海がまた歩き出す。
その手に持つ分厚いノートに視線を走らせた王馬は、なんだ、つまんないの、と呟いた。