第20章 あやまった探偵
最原が悪い。
そんな言い方をしなくとも、もっと王馬なら他にいくらでも事実を確認する程度の言葉は選べたはずだ。
なのに彼はそれをしない。
逢坂にわざわざ、最原を否定するような言葉を繰り返させようと問いかけてくる。
きっと、そうでもしないと逢坂の気持ちに確信が持てないのか、腹の虫が収まらないのかどちらかなのだろう。
(…いや、どっちもかな)
抱きついていただけの体勢から、完全に両手首をベッドへと押さえつけられながら。
逢坂は、取り繕うような笑みを浮かべたままの王馬の心情に思考を走らせた。
『…それでいい』
「ちゃんと言ってよ」
『……そんな気は無いし、キスされたのも突然のことだった』
「どう言ってほしいかわかってるくせに。最原ちゃんが悪いって言えばいいだけじゃん、なんで言ってくれないの」
『私がはっきり言葉にしたら、王馬が最原を嫌いになるでしょう』
「もう嫌いだよ。最原ちゃんなんて元から好きじゃないし」
『……。』
嘘つき、と。
少し笑ってそんな言葉を口にする彼女を見て、王馬はもう一度。
「……上書きさせてよ」
同じ言葉を繰り返した。
他には誰もいない二人の密室。
断る理由がなく、逢坂は目を閉じた。
軽く触れた唇に、絡みつく指先。
漏れる吐息と、舌先の熱。
『…っ……』
「……は…」
キスを繰り返しても。
未だ気分が晴れていない様子の王馬を見て、逢坂はゆっくりと、彼と指を絡めたままの手で彼の胸元を押し、身体を起こすように誘導した。
向かい合って逢坂の膝の上に座っているような体勢になった彼を抱きしめると、王馬は一瞬ですら遅れることなく、逢坂以上の腕の力を込めて抱きしめ返してきた。
「雪ちゃんなんて嫌いだよ」
『はいはい』
「大嫌い」
『…ごめんね、隠して』
「許さないよ、同じ墓場に入っても酒の肴に持ち出してやるから」
『さらっと生涯を添い遂げる気だね。本当に私のこと大嫌いなの?』
「嫌いなわけないじゃん。ってこの言葉も嘘かもね」
『…じゃあ』
私が信じたい王馬を信じる。
そんな言葉を返す逢坂を抱きしめたまま、王馬は一瞬目を見開いて、彼女から見えない位置で、少しだけ恥ずかしそうに頬を染めた。
そして、一層彼女を離すまいと強く抱きしめた。