第15章 変わり者の幸福論
機械音はキーボの足音だったのかと気づいても、もう遅い。
王馬は完全に襟元を緩めた姿のまま逢坂に馬乗りになっているし、逢坂は腕をベッドにくくりつけられ、その服は乱れてしまっている。
『……キ、キーボ、あの…これは…』
「なーんだ、もう放課後になってたんだ。キー坊ちょっとどっか行っててよ、これからオレと雪ちゃんは二人で大事な用事が」
王馬の言葉はそこで途切れた。
扉のすぐ近くにあった丸いパイプイスを、キーボが宙に浮かべて殴り、まるでロケットパンチのような速度でイスを飛ばして、王馬に叩きつけたからだ。
痛そうな衝突音の後、ガハッという声を王馬が漏らし、ベッドから叩き落とされる。
「博士、大丈夫ですか!?」
キーボは逢坂に駆け寄ると、両手を縛っていたスカーフを器用に解いて、テキパキと逢坂の衣服を正してくれた。
床に倒れて動かない王馬を見て逢坂は真っ青になったが、キーボはまるで王馬に振るった暴力など無かったかのように逢坂にだけ話しかけ続ける。
「…キー坊なにそれ…今のロケットパンチ…?」
「ボクは人に危害を加えることはできません。なので、イスをランダムな照準に合わせて投擲しただけです」
「…いってー…ランダムの割に完全にオレの頭ブチ抜いてたけど?」
「ランダムですから、当たりどころが悪かったんですね。そもそも、王馬クンが博士にしようとしていたことを考えればその程度の怪我をするのは当然です!」
「怪我させたって自分で言っちゃったじゃん。あーぁー別にオレが無理やりしようとしたわけじゃないって。雪ちゃんが抱いてって言うからさー」
「『言ってません!』」
「あれ、キー坊は断言出来ないはずでしょ?ハモって反論してくるのやめてよ!」
いつもの調子でキーボと言い合いを始める王馬。
その自然な様子にホッとして、逢坂は慌ただしく鼓動を打ち鳴らしていた胸を撫で下ろした。