第14章 歪な恋心
危機感が勝るよりも早く、馴染みのある柔らかい香りがその人の髪から溢れ、逢坂は振り返るまでもなく、その人物が誰なのか理解した。
珍しく息を切らしている彼は、片手に持っていた通信機を逢坂から奪うと、躊躇いなく通信を遮断した。
『………王馬』
背中にくっついて離れない彼の、逢坂の肩に置かれた顔を目で確認した後、ようやくスライド式の扉が音を立てて閉まった。
『……授業は?』
「出ない」
『…出なよ』
「やだよ」
『…………で「やだ」………』
微かに、彼の熱い息が首にかかる。
服越しに伝わってくる彼の体温も、いつもより少し火照っている気がした。
彼の前髪を、右手で少し撫でた。
額に触れると、指先に、いつも飄々としていて、暑苦しい姿など他人に見せない彼の汗が触れた。
『……珍しいね。そんなに急いで来てくれたの?』
問いかけても彼から返事はなく。
ただぎゅっと、腰に回された王馬の腕に力がこもったのが、その返事なのだと解釈した。
「どこ怪我したの」
ポツリと、呟くように、彼は逢坂に問いかけた。
んー、と声を発した後、逢坂は端的に答える。
『手と腕、足腰の打撲、額の裂傷と打撲、右目に傷がついたくらいかな』
「…なんで落ちたの」
『ん?』
「誰かに突き落とされたの?」
『はは、まさか。勝手に落ちたんだよ』
「オレ、あの時側にいたんだよ。離してって言ってたよね。あの日向ってヤツとなにがあったの?」
『……そうだったんだ。なら、日向先輩が「危ない」って言ったのも聞こえたでしょ?彼は何も悪くないよ』
「昼休み、食欲無かったのはなんで?そんなに学園長の所へ行くのが嫌だった?」
『…んー、そうだね。めんどくさくて』
「どうして学園長に呼び出されたの?雪ちゃんは何に巻き込まれてるの?」
『…巻き込まれてなんかないよ、それとこれとは別の話』
「じゃあ怪我には関係ないところでは巻き込まれてるんだよね?なんでいつまで経ってもオレに言わないの?」