第13章 鈍く冷たく赤い
逢坂は日向のその問いに答えることはせず、学園長室を力強くノックした。
「……やぁ、来たかね」
『失礼します』
「失礼します」
学園長は、お茶を煎れてくれ、と秘書に言付けて、来室してきた逢坂と日向をソファに促した。
出来る限り和やかに会話をしようとする学園長と対話する間、逢坂は出されたケーキにも、飲み物にも手をつけることはなかった。
普通、予備学科の生徒が希望ヶ峰学園の学園長と一対一で話すことなど出来ない。
その夢のような現状に気づいているからこそ、逢坂の隣で話をする日向は目を輝かせ、嬉しそうに学園長との会話を続けた。
「それで、逢坂さん。考えはいつまとまりそうかな」
二人の視線を一身に受けた逢坂は、重い口をようやく開いた。
そして簡潔に、言葉に感情を乗せることなく言い切った。
『…その件ですが、申し訳ありません。お断りさせていただきます』
「えっ……な、なんでだよ!?」
「…そうか。聡明な君のことだ。プロジェクトにかける時間や労力を考えると、超高校級の希望を生み出すというこのプロジェクトの目的には、いささか魅力が足りないと考えたんだろう。その点に関しては、君の今後の予算や境遇、願い、なんでもこの学園の力を使って」
学園長が話し終える前に、逢坂は腰を上げた。
思いを踏みにじられたような、泣きそうな表情を浮かべる日向を見ることなく、逢坂は頭を深く下げた。
『失礼します』
「逢坂!」
「…まぁ、そう言わず。ゆっくりと考えてくれて構わない。急かして悪かったね」
『……っ』
日向を残し、学園長室から出た。
絡め取るような、学園長の蛇に似た眼力を思い出し、背筋が一瞬ゾッとした。
昼休みはまだ終わっていないはずなのに、人気のない廊下がいつもより長く見えた。
やけに人の喧騒が、ひどく遠くで聞こえる。
全く知らない校舎に迷い込んでしまったかのような不安感に耐えきれず、逢坂は足早に、学園長室の前から逃げ出した。