第11章 過ぎた日をただ思う
春川を家まで送って、一人、家路をゆっくりと歩いた。
考え事をして外で時間を潰すには、まだ三月の夜は肌寒く、心細い気持ちにさせる。
彼女に聞きたいことはたくさんあったはずなのに、幼い子どものように泣き続ける彼女の嗚咽を聞いているうちに、何も言えなくなった。
春川が住んでいるという家は、女子が一人暮らししている家というにはあまりに古ぼけて、ボロいアパートだった。
危ないんじゃ、と心配すると、彼女は泣き腫らした顔を横に振って、私だから大丈夫、とよくわからない答えを返した。
『……はぁ』
あんな家で、ずっと独りで暮らしていたんだろうか。
自分が施設を出てから、彼女もすぐに施設を後にしていたのは知らなかった。
片付けなきゃいけないことがたくさんある。
毎日毎日、考えなきゃいけないことが増えてきて、そろそろ頭がパンクしそうだ。
学園長に呼ばれた先にいた、日向創という予備学科生を思い出す。
ーーーカムクライズル計画に、君の力を貸して欲しいんだ。逢坂雪さん。
学園長の口から語られた、希望ヶ峰学園の「天才」育成計画。
日向が帰った後に語られた、その計画の真の目指すところは、何度考え直しても容認できそうにない。
『……頭痛い』
誰かに話を聞いて欲しい。
けれど、誰にも話すことなどできない。
春川もずっと、こんな気持ちだったのだろうか。
ずっとずっと、独りで。
「逢坂ちゃん」
誰もいないはずの夜道。
聞きなれた声が背後から聞こえた。
歩いてきた道を振り返ると、彼が立っていた。
『……王馬』
「こんな遅くまで出歩いてるのは珍しいね?誰とどこで何してたの?」
笑みを浮かべた王馬はどこか、「いつも」の彼とは違う気がした。
彼を置き去りにして帰ったあの日から、王馬と言葉を交わすことは一度もなかった。
彼の姿を見たのも、約1ヶ月ぶりのことだ。
あの日を境に、一切の連絡も接触もしてこなかった彼が、今日現れたのは何か意味があってのことなのだろうと考えた。
『……魔姫と、話したんだ。美人になってた』
「へぇ、春川ちゃんに会ったの?ずっと会わないように逃げ回ってたのに、なんでだろうね」
『なんでかな。私が屋上から飛び降りると思ったからかな』
「飛び降りようとしてたの?いつもの癖じゃなくて?」