第11章 過ぎた日をただ思う
なぜ、こんなことに。
学園長から呼び出しを受けたあと、頭の中をひとまずクリアにしたくて、屋上に立ち寄った。
昔からの癖で、フェンスを登り、屋上の縁に座って考えをまとめようと考えていたのに、フェンスを登りきる手前で、誰かに後ろから引っ張られた。
鈍い背中と、後頭部の痛みに呻き、目を開けると、そこには懐かしい顔があった。
「殺されたいの?」
屋上に倒れこんだ逢坂の胸ぐらを掴んだ彼女は、そう言った。
『…………魔姫?』
もう、何年も会ってはいなかった。
超高校級の保育士として、政府から援助を受けていた彼女もまた、この学園にいるのではないかと考えていたことはあった。
入学から一年が経とうとしているこんな時期に、ようやく出会うなんて。
『…っ!』
逢坂は今の自分の体勢に気がついて、反射的に顔を腕で隠した。
春川はその反応を見て、やっぱり放っておけばよかった、と呟いた。
「…別に、あんたを殴ったりしないよ」
『……え』
「ただ屋上から飛び降りようとしてるから、止めただけ」
『…誰が?』
「は?殺されたいの?」
彼女の殺気を受けて、逢坂はビク、と身体を縮こませた。そんなに驚かすつもりはなかったのか、春川は少しだけ狼狽した。
「…死ぬ気がないなら、フェンス越えて何しようとしてたの」
逢坂の上から退き、手を差し出した。
その春川の手をじっと見つめたまま逢坂は動かない。
なぜ手を掴まないのか一瞬疑問に思ったが、自分の立場がそれほどに悪いものだとはっきり悟った。
「……ごめん、身の程知らずだった」
手を引っ込めようとした春川の手を、逢坂が掴んだ。ぐいっと引っ張られたが春川の軸がブレることはなく、逢坂は春川に引き寄せられるように足をつけた。
『ねぇ、これから時間ある?』
「…ないよ」
『あるよね?じゃあ鞄持ったら校門に来てね。またね!』
「えっ、ちょっと…勝手に決めないでよ」
逢坂は春川から離れ、足早に屋上から立ち去った。
「ねぇ、雪!」
彼女の名前を呼んで、ハッとした。
まさか、もう二度と話すことはないと思っていた相手と言葉を交わすなんて。
追いかけて、無理やり断ってもよかったはずなのに。
「……バカじゃないの……」