第9章 キミとの距離
『そ、そういえば…みんな、バレン…タイン……は……』
盛り上がりそう。イベントの話。ならば、とひどく短絡的な思考の末路は、今一番触れてはいけない話題につながってしまった。ここまで自分のコミュニケーション能力の低さが腹立たしく思ったのは初めてだ。
左隣に彼氏である王馬、向かいには告白されたのに断ってしまった最原、右隣にはデートの意味すら気づかずに遊びに行ってしまった天海がいるのだ。斜め向かいの赤松ですら渡せなかった渾身のケーキを思い出し、生気の抜けた顔になっているのに、最原と天海の顔など見ることができない。
『も、もたくんは、モテるの!?』
「あぁ?どうしたんだよ急に」
『いや、気になったから!』
「……気になったって…」
なぜだ、なぜ百田すらソワソワし始める?キミが話してくれなきゃこの残酷な話題は終わらない、あからさまに話題を変えることなどもう出来ないというのに。
百田はよそ見もせずに見つめてくる逢坂の視線に熱いものを感じ、勿体ぶったように話し始めた。
「あー…まぁ、そこそこってとこだな。逢坂、お前モテるんだって?卒業生の宇宙船の製作チームに携わってるやつから名前は聞いてたぜ」
『いや、噂が一人走りしてるだけだよ』
「ははっ!よりによってなんで王馬なんだよ?趣味悪過ぎだろ!」
あぁ、もうこの卓は地獄と化した。逢坂は王馬の雰囲気が変わったのを感じ取り、和気藹々とした雰囲気に持っていこうとするのを諦めた。
「……百田ちゃんさ、本人を目の前にしてよくそんな自分の身を省みない発言できるよね。バカ丸出しの黒ひげ危機一髪野郎に言われたくないなー」
「誰がバカだ!樽詰めにされた海賊なんかと一緒にしてんじゃねぇ!」
「ちょ、ちょっと百田くん落ち着いて」
「おい逢坂、王馬なんかより、オレの助手の終一の方が何十倍も魅力的な男だと思うけどな!」
「え……ちょ、ちょっとなんで僕…?」
見る目がねぇぜ!と百田が言い切った瞬間、王馬は向かいに座る彼だけに見えるように、長い髪の間からジッと、ホラー映画に出てくる幽霊の顔真似をした。百田がヒィッ!?と叫び、隣に座る最原の肩を掴んだ。