第8章 見つめた時間
「おっと」
狙いをそれて、壁に投げつけられそうになるプァンタを片手でキャッチし、そのままソファに背中から着地する。乱暴だなーと文句を言いながら背もたれから彼女を見ると、どこから取り出したのか、うがい薬を片手に持ち、しっかりとうがいを繰り返している姿が目に入った。
(…………うがいしてやがる………)
王馬に、言いようのない屈辱感と怒りが湧き上がってくる。
「……なにしてんの?風邪の兆候でもあるの?ないでしょ?ならなに。なんで薬まで使って除菌しようとしてんの。文句があるなら口で言いなよ腹立つからさ!」
『……別に?』
冷ややかにそう言った彼女は、すたすたとどこかへ行って、すぐに戻ってきた。王馬と一定の距離を取りつつ、歯ブラシでシャコシャコと歯を磨きながら。
「そんな報復ってないよ!もうやめてってば!オレがオレ自身をいたたまれなくなる…!あぁそうだよね、高校生のくせにそんなマセた事知ってるオレの方が不健全だったよ、もっと一般論に鑑みて多数派を尊重することも覚えるから!でもさ、逢坂ちゃんも少し無知すぎるところがあるよね、キスにこんな種類があるのかも全く知らないって反応だったし!」
『……うん、私は、知らないかな。どうぞお構いなく』
「いいからさっさと反論しろよ!反論してくれないと論破出来ないだろ!ずっと好きだった子とキスして、その直後にうがい薬まで使われて除菌された後、オレの目の前で一心不乱に歯磨きをするところなんて見たくないよ!」
『見なきゃいいんじゃない?』
「逢坂ちゃんのバカぁあ!」
王馬の絶叫が深夜の屋敷に響き渡る。一切表情を動かさない逢坂はまた洗面台へ向かい、歯磨きを終えて戻ってきた。王馬はソファの上に倒れ、号泣し、うわぁぁぁあんと嘘泣きを続けている。
『うがい薬は冗談だとして…口がチョコまみれだから気になるんだよ』
「うっ……うぅ……そんなつまらない冗談笑えないし、結構いつもより念入りに磨いてたよね…?あぁあーせっかく良い気分だったのに悪夢見そうだよ!」
『あれ?起きて遊ぶんじゃないの?』
「遊ばないよ!もう帰るから!」