第7章 嘘つきの本当
王馬を見つめているはずの逢坂。けれど、彼女の瞳には王馬なんて映っていない気がした。遠く遠くを見ているような彼女の両眼は、少しだけ暗い影を落としている。
「………嫌なことって?」
王馬は、逢坂のガラス玉のような瞳をじっと見つめて、彼女の手を掴んだ。触れて、わかった。微かに震えていた彼女の指先。その手が異様に冷たくなってしまっているのは、寒い廊下に立ちっぱなしだったからではないのを、王馬は知っている。
彼女の返答を待ったが、逢坂は俯いて、口を開こうとしない。怯えているように見える彼女をそれ以上見ていられなくて、話題を逸らした。
「……嫉妬したって本当?」
『……本当だよ』
「どれくらい?」
『……少し』
「そこは嘘つかなくていいところだよ」
『ついてないよ』
「ついてよ!」
『……じゃあ、結構嫉妬した』
「じゃあってなにさー、逢坂ちゃん知らないの?何年も付き合ったカップルが「じゃあ結婚しよう」ってプロポーズしてきた彼氏の「じゃあ」って言葉に彼女がイラついたって理由で破局してるカップルが多いってことを!」
『………結構、嫉妬したよ』
「口に出して試行錯誤したら意味ないじゃん!頭の中で考えてから話してくれる?」
『それは普通にごめん』
ごめん、と、逢坂はもう一度口にした。すっかり意気消沈してしまっている彼女にじれったくなり、王馬がまた声を発した。
「……どうしてそんな顔するの?今はオレが逢坂ちゃんに慰めてもらって甘やかされて構ってもらう番でしょ?ずるいよ」
あぁ、確かに。そんな言葉が頭に浮かんでは消えて行く。逢坂は王馬の頭に手を置いて、優しく撫でた。触んないでよ!と突っぱねられて、一瞬たじろぐ。どうして欲しいのかわからず、王馬の顔から更に視線を下げると、足下に落ちている夢野の紙袋が視界に入った。
『……私も、王馬にチョコ作ってきたんだけど。…毒は入れてない。ウイスキーが入ってるものはある。組織のリーダーなら、きっと普通のは食べ慣れてるだろうから、何個か種類を作って詰め合わせたんだけど…』
(あ、一瞬口元が動いた)
にやけそうになったのだろうか。王馬は誤魔化すように自分の片方の口の端を人差し指で持ち上げて、ぐいぐいと自分の皮膚に指を押し付けている。