第7章 嘘つきの本当
(……帰ったかなあ)
逢坂は少し不安になった。人気のない廊下を歩くと、靴の音が廊下に響く。1-aの手前にある廊下の角を曲がろうと思った時、怒号が聞こえてきた。
「んぁ~!王馬よ、いい加減ウチの相手をしたらどうなんじゃ!」
「相手って?相手ならしてるじゃーん、夢野ちゃんがオレを鬼ごっこに誘ったんでしょ?」
「鬼ごっこになど誘っておらん!何度も待てと言っておるではないか!」
「待てって言われて待ってたらもうオレはとっくにブタ箱行きだよ」
「きゅ、急に怖い声を出すのはやめぃ!えぇい、色々とシチュエーションやロケーションを考えておったがもうやめじぇ!」
「もうやめじぇ?…今噛んだの?噛んだよね?」
「んぁあ~~!」
どうやら、教室の教壇を挟んで王馬と夢野が睨み合っているらしい。息を切らしている夢野は、片手に小さな紙袋を提げている。それを王馬の顔面ギリギリに突き出し、彼女は、受け取れ!という男らしい、彼女には不似合いの言葉を放った。
「……なに?いらないよ」
「いるいらないの問題ではない、ウチが王馬にくれてやりたいのじゃ」
「いるいらないの問題だよ。中身を確認するまでもなくいらない」
「ぐぅ…ま…負けんぞ…ウチは転んでも泣かないと評判の強い子じゃからな…」
先ほどまで楽しそうに笑っていた王馬は、もうそこにはいない。今の彼の表情を、逢坂は何度か目にしている。威圧的な、攻撃的な視線。これ以上自分のテリトリーに入ってくるな、と威嚇されているのが、目に見えてわかる。
「夢野ちゃんとはいえ、その中に毒が入ってないって保証もないしさー。そんな危ないもの、口にできないよ。まだ死にたくないしさ」
「ウ、ウチはチョコに毒などいれたりせん。す!好きな奴に毒を盛る輩がどこにいるんじゃ」
「入れるよ?」
「……んぁ?」
王馬は至極真剣な表情で、夢野を見つめている。逢坂は盗み聞きしていることが申し訳なくなった。しかし、この静まり返った廊下を一歩でも歩けば、王馬に自分の存在が知られてしまう気がして、動けなかった。
「オレは入れるよ?好きな子の食べ物に毒ぐらいさ」
「…な、なにを………怖がらせるでない」
「殺したいほど好きって言葉、結構共感できる言葉だと思うんだよねー」