第6章 本当の嘘つき
中学に入って、僕はなかなか友達が出来なかった。もともと人と打ち解けるのは得意ではなかったし、人を集める魅力があるわけでもなかった。授業が終わるとすぐに私服の帽子を目深に被る僕のことを、好意的に思う人なんて、いなくて当然だとも思う。
そんな、特に楽しいこともない晩夏の1日を終えた放課後。下校時刻近くまで残っていた僕は、同じクラスの逢坂さんと廊下ですれ違った。
「あ、ごめん…」
足下しか見ていなかった僕は彼女にぶつかった。
(……え?)
肩越しに触れた、ひんやりとした一瞬の感覚に、僕は違和感を感じた。彼女を見ると、身体が雨に濡れたかのようにぐっしょりと濡れていた。
「え…どうしたの?」
『…特になにも』
濡れた腕を掴んで、引き止めた。振り向いて、無感情に僕を見たその大きな瞳に面食らい、僕は一瞬息を飲んだ。人形みたいに整った顔だな、とそんな場にそぐわないことを考えた。濡れた彼女は乱暴な美しさを身にまとっていて、浮世離れして綺麗だった。だから僕は、ぼんやりと暗い影を背負った彼女を放っておけず、言葉を続けた。
「…誰かに水をかけられたの?」
『…あぁ、うん。どうせ人前に出られないから、下校時刻まで待ってたんだけど。あまり見ないでくれる?』
「え…」
言われてみれば、彼女の長袖の夏制服は所々透けて、キャミソールの色がわかる程度に濡れている。ご、ごめん!と謝って俯いたら彼女はまた、別にいいけど、と突き放すような言葉を返してきた。
「あ…男子は今日、体育だったでしょ?だからジャージを持ってるんだけど、嫌じゃなかったら貸すよ。今日は運動っていうよりストレッチ程度しかやってないし…」
汗臭くはないと思うんだけど、と言いつつも少し抵抗を感じる。鞄とは別に持っていたトートバッグからジャージの上を取り出して、逢坂さんに差し出した。彼女は少し首を傾げながら、頬に手を置いて何か考えた後、ジャージを受け取ってくれた。
『…ありがと。…なんて読むんだっけ?』
ジャージに記された僕の苗字を眺めて、彼女が呟くように問いかけてきた。さいはらだよ、と答えると、彼女は少しだけ僕に微笑んだ。
『変わった名前』