第74章 融和
フィン「滅茶苦茶にした街に居座って暮らし…
…どんな気持ちでギルドを覗ける?
君達なら
『無理』『出来ない』
アスフィ「捕まりに行くようなものでしょう」
リュー「処罰も受けないと判断する理由がわかりません」
ティオネ「捕まえられるものなら捕まえてみろ!と煽ってる?」
ティオナ「うわっ!大胆!!」
フィン「でも性格上それはないだろうね
多分だけど…本当に裁かれるべき立場にないと思い込んでいるのだと思う」
椿「全くもって理解できん!!」怒腕組
フィン「悪いのは、
無関係な人の人生を滅茶苦茶にする手段が取れる、しても笑って正しいから許せと強いて享受出来る、その『本人の感覚、精神、人格』自身だ
変えるにしても…自分からでなくては、必ず綻びが出る
生じた綻びは、容易く解け、元の木阿弥と帰すだろう」
ベリアル「癌が宿るのが、霊体にしろ、魂にしろ、いずれにせよ…消す以外にしようがない」
ケイト「大岩を、石と言われて、覚えたとして…
その認識を、間違いだと認めない限りは、
この大岩は、石のまま
それと同じことなんだよね…?」
始祖神「ええ
人として当然の理屈でしょう?
人を、ものを、街を、勝手に扱って、滅茶苦茶にしておいて
責任も取らず、自分は正しいと、堂々と居座ることが、痛まない心が、神経が、感覚は、
悪でしかありません
善にはなり得ません、なってはいけません
その「悪を取り続ける人格(ベル・クラネル、沢田綱吉)」が「正しいという認識で凝り固まった心」が癌なのです
人の痛みに痛み、寄り添い、悩み、
人のことを、自分のことのように真剣に考え、
悪を、誰かが傷付く事態を、避けようとする、
そうして初めて人は成長できるのです
その『善を取り続ける人格(ケイト)』を、「悪という認識で凝り固まった心」もまた癌です
どんなにいいものにも、必ず悪はあります
その中に潜む悪を見極めること、見定めることは、
悪から逃れよう、善へ行こうとすること、すなわち成長へ繋がります
その為には欠かせないことです
悪ではないと凝り固まることは、それを妨げてしまいます
悪から抜け出すこと、避けようとすること、それこそが善です
悪を悪とも思わなくなった時、考えなくなった時、人の成長は止まり、悪に染まるのです
いつ染まったのかも、わからなくなりますからね」
