第69章 文明開化
フィン「つまり…最大の根源は、「~だからやってもいい」とすることか…」
ケイト「正しさとは…この人なら全てというものではない。
己が一つ一つの出来事から切り取り、決めてゆくものだ。
人によって異なるものだ。
こちらが全部正しい等、誰かが決めることでもない。
この人がやっているから、皆がやっているから、
それで流されてした言動全てが、正しいということには決してなり得ない。
ま…あの世の理屈にのっとっていたなら、あの世では正しいことにはなるが、な。
間違うのは誰もがある。
権力に溺れることも、力に溺れることも、立場が違うから痛め付けたり殺してもいいとする人だっている…
間違えば殺されるのと、最期まで付き合うの、どちらがいい?」
フィン「無論後者だ。
ならやるとしても制限を付けよう。
1回目なら逮捕、厳重注意。
2回目なら逮捕、厳重注意に加え監視付き。
3回目には、逮捕して拘留し徹底管理。出れても監視付き。やれば即座に連れ戻される。
といった感じでどうだい?」
ケイト「いいと思う(頷)
力を振るうのはいつだって出来る。
さて…お前は、どうしたい?
と問いかける。
自主性ではなく、主体性を重んじるようにしよう。
「目には目を」「されたから同じことを仕返していい」では世界が盲目になるだけ。
自分に落ち度がなくても、理不尽な暴力を振るわれることもある。
だからと言って暴力に暴力で返せば更に暴力が返ってくるのが常。
暴力は共同体の枠組みを揺さぶるから誰も幸福にしない、『不幸な連鎖』となる。
その連鎖を断ち切る為には、『理不尽に堪えつつ不服従の姿勢で抵抗する』。
その方が暴力に暴力で報いるよりもより良い方法だと思う。
皆に同意や共感を求めてタッグを組むのではなく、一人一人が目の前の事と向き合い、言うとしても本人へ直接伝える。
伝えたくないのなら、一緒にいたいかいたくないかで距離を取るなり好きにすればいい。
ってのがいじめの発生も抑えられるベストな方法だと思う」
フィン「ああ。
だが君に言いたいことが一つある」
ケイト「?」
フィン「イメージで決め付けない。
最初がそうであっても、人とは変わるものだから。
ただその時に見えてなかっただけの時もあるから。
静かに、そっと離れようね。煩わしいだけだろうから…」