第58章 堕天
英雄などいない――
私の前に、英雄は現れなかった!
幼い私が、胸の奥で叫ぶ。
西の市壁の上…そこで心を鎮めようとしていた。
今にも荒れ狂い、暴れ出そうとする闇を……
しかし――それも限界に近付いていた
ケイト「全員、そうだよ…
生きている人は、誰もが己が中心にはなり得ない。
見えている世界が己からだとしても、人の思いも所詮は自分の想像上のものでしかなかったとしても…
それでも都合のいいものを求めずにはいられない、それが人間だ。
たとえ中心になれたとしても、それは一瞬だけ…
なれた時…なれない時……
それを何回も繰り返すことで、そうでない時を繰り返すことで、運命は回っていく」
ケイトが真剣な表情で、佇んだまま幼い私へ冷たく言い放つ。
ケイト「いつまでもいつまでも…その連鎖が消えることは無い――」
その時…ぐにゃりと、ケイトの顔が歪み…
幼い私も、ケイトも、一つの暗い闇となった。
そして――底冷えするほどの冷たい声が胸の内で囁き、問いかけた
『ならば――どうすればいいかぐらい、わかっているだろう?』
――やめてっ
『壊してしまえばいい…世界ごと…その全てを……』
ピキッピキキッ
何かにひびが入る音が耳を刺す。
心がガラスのように砕けて、暗くて…冷たい何かに侵食されていくのを感じる。
アイズ「ぁっ…」
声にならない声が出かけた瞬間…
変化は、明確に表れた。
全身から迸る闇が…精神ごと力を取り込もうとしていた。
押さえ込もうとしてもそれは水のように溢れて、止めることはできず、指を擦り抜けるばかりで浄化することもままならなかった。
『』にや
何かが笑みを浮かべるのを感じた。
それを感じたのを皮切りに…私の意識は、闇へと溶けていった――
誰か――助けて
消えていくその瞬間…
胸の奥で、一つの言葉を叫んだ。
闇へ溶けた瞬間…
市壁に来た頃から、視界の片隅に入っていた
「煌々と白く輝いていたはずの満月」が…静かに、黒へと輝きの色を変えていたのが見えた。