第88章 頬を抓れば、すぐに分かる 弐
そうして、当日。
待ち合わせた駅で待っていると、不意に、くいっと袖を引かれた。
僅かながら驚いて目を遣れば、ふわふわの茶髪があって当惑する。
誰だっけ、と思った矢先。
嗅ぎなれた優しい匂いが、鼻を擽った。
「智さん?あ、というか今はサトコちゃんか」
「まぁ、そうなるね。潤、待たせちゃった?何か、変なとこ無い?大丈夫?」
矢継ぎ早に繰り出された質問に、大丈夫だよ、とひとまず頭を撫でた。
このひとの不安そうな顔って、いつも以上に庇護欲をそそられるなぁ。
なんて、ぼけっと見ていた。見蕩れて、いた。
パーマのかかった茶色のウィッグに、淡く色づいた頬。
眠たげなカンジが少し減った目元と、厚みが増したプルプルの唇。
写真では見たことある、あの、可愛いコが目の前にいる。
若干そわそわしてる智さんをほったらかして、得も言われぬ心地に浸ってた。
「うん……待合わせの時間はまだだし。すげぇ可愛いよ」
「そっか、なら、良いや」
何となくそっけない返事に首を捻りつつも、腕を取って歩き出す。
あ、ヒールに慣れてないだろうから、歩くペースに注意しなきゃな。
恋愛感情じゃないけど、智さんと出かけるのは好きだし、とても楽しい。
それに今日は通常よりも可愛さが増してるときた。
だから、ね。
オレの為に不慣れなことをしてくれて、健気な感じでイイなぁと思うのも自然でしょ?
普段よりゆっくり歩くのを意識しながら、智さんの手をそっと繋いでみる。
何故だかそうしたくなったし、今のオレらなら可笑しくないし。
いつもみたいに軽く買い物して、お茶でもして夜は呑んで。
あの店とかどうかな。
ああいう雰囲気も好きそうな気がするなぁ、なんて。
頭の中にある計画が、ほんのちょっと、女の子用になりかけて。
不思議なくらい、そのことがオレを嫌な気分にさせて。
いつも通り楽しもう、と胸に誓った。
だって、じゃなきゃ、智さんに申し訳ないもの。