第46章 かわいくない
【NさんとOさん】
side.N
「かわいい……お前ってホント、かわいいよな」
「全く嬉しくないんですけどねぇ」
ほら、かわいい。そう大野さんは言った。
とても可愛いくて蕩けそうな、幸せそのものの笑顔で。
憎まれ口を叩いても、素気無くしても。
このひとは俺をかわいいと言うんだ。多分、手遅れ。
だから、俺に面倒を掛けさせとけば良いんですよ。
「えぇ?かわいいじゃねぇか。そういうとこ全部」
「………アリガトウゴザイマス」
「嘘くさいなぁ、ニノ。それでいいけどさ」
笑いを含んだ吐息が首筋と耳元をくすぐる。
身を捩ろうとしても、後ろから回された腕は離してくれそうにない。
そう、ずっと、分かりやすく執着してればイイんだ。
大野さんは俺の胸中を知ってか知らずか、ますます密着しようとする。
くるしいな、と思いつつ、心地好い体温に自然と頬が緩んだ。
「あ、でもさ。お前のかわいいのは、俺の前だけにして」
「はいはい、分かりましたよ。ダンナサマ?」
「うっわ、マジで嘘っぽい。あー…やっぱムリかぁ」
少しいじけたのか、ぐりぐりと肩に額を擦り付けてくる。
男っぽいところを見せたり、急にふにゃふにゃになったり。
全く、いい加減にしてほしい。
心臓が忙しくてしょうがないじゃないですか。
そうやって振り回すところが、大好きで仕方なくて。
ちょっとだけ、憎たらしい。
だって。大野さんと俺とで、主導権を握ってるのは自分じゃない。
いくら俺が尻に敷いたところで、結局は思い通りにはならない。なってくれない。
「可愛いから俺と付き合ってんの?大野さんは」
「んー………別に、お前が俺のだったらどうでもいい」
「我が儘かよ。ま、許してあげるんで、感謝してね」
「んふふ、ありがと。赤くなっちゃって、かわいいの」
揶揄のような言葉と同時に、耳朶を軽く噛まれる。
背筋に走ったのは、紛れも無く快感だ。
精一杯の意地を張ってみせて、それだって受け止められる。
敵わないようで悔しいし、好きになった自分を呪う。
でも、後悔はしない。絶対、それだけはしない。
何があっても、俺は惚れるに決まってるんだから。