第11章 小田原城再び
背中は壁に触れたままだ。
逃げるどころか声を出す事も、身動き一つ取ることも出来ない状態になってしまっている。
怖くて目を閉じると短刀の刃先がゆっくりと喉元に触れる。
一瞬鋭い痛みを感じたその時だった。
半開きになっていた襖が勢い良く開き小太郎が部屋に飛び込んでくると、氏照の背中に忍刀を深く突き刺した。
ほんの一瞬の出来事だった。
『まさか北条が本当に天下を取れるとでも?滑稽ですね』
北条を名指しした事に違和感を感じつつも、小太郎が助けに来てくれた事に心の底から安心した。
目の前には返り血を浴びた小太郎と、血を流してうつ伏せで倒れている氏照の姿が見える。
急所を正確に捉えたのか、氏照は倒れたまま動くことはない。
どうやらそのまま息絶えたようだ。
『お待たせして申し訳ありませんでした』
その言葉にはっと我に返る。
一気に緊張感がなくなったと思ったらその場に崩れ落ちる様に座ってしまった。
目からは色々な感情が混ざった大粒の涙が溢れ、止まらなくなっている。
『ご、ごめんなさいっ…』
『直美様、貴女が謝る必要などありません』
小太郎は忍刀を一振りして血を払った。