第40章 最後の勝負
信玄は足早に自分の部屋に戻ると、信長からの直筆の文を取り出し、再びそれに目を通す。
そこに書いてあった内容とはーー
懐刀を直美に返して欲しい。
もちろんただで返せとは言わない。
信長からの条件として、信玄を主導とする甲斐の国の共同統治の提案、そして旧友である顕如の身柄を信玄に引き渡す事が記されていた。
(最初から懐刀は返すつもりではいたんだ。
どうせなら囲碁勝負に勝って、せめて口づけだけでもと思ったが……これはあまりに無粋だったな。
しかも2度でなく3度振られた気分だ。勝ってはいけない勝負に手を出した罰だな。
早く切り上げなければ理性がもたなくて、それこそ歴史が狂ってしまったかもしれない)
わざと勝負に負けたのは少なからずとも後ろめたい気持ちがあったからで。
ほんの一瞬ふっと笑みを浮かべるとそのまま文机に向かい、真っ白な紙に何かを描き始めた。
さらさらと筆を運んでいくにつれて浮かび上がってきたのは、かつては自分が統治していた甲斐の国の地図。
そこに山や川、そしてお寺の位置などを覚えているだけ書き込んでいく。
(いつかまた笑える日が来るように今度こそ俺があいつの面倒を見てやる。門徒たちに居場所を嗅ぎ付かれない様にするには人里放れた寺がいいだろうな)
顕如の事を思いながら走らせる筆は軽い。
直美には信玄が囲碁勝負にわざと負けた理由など検討もつかず。
検討違いのことを考えているうちに謙信たちが春日山城に戻って来たのだった。