第36章 有言実行(R18 )
『わっ………謙信様?』
一体何が起こったのか、綺麗なオッドアイの瞳を見つめながら冷静に考える。
視界は反転したものの、それから何をするでもなく無言のまま数秒の時が流れた。
そしてようやく謙信が口を開く。
『あの時……織田軍との戦いにお前を絶対に巻き込みたくなかった。だから安全な場所に避難させたつもりだった…』
『それは白鳥城のことですよね、覚えてますよ』
この状況で何を言うのか視線を合わせたまま次の言葉を待つ。
『その時、最後にかけた言葉を覚えているか?』
それはおそらく、先ほど思い出して飲み込んだ言葉に間違いない。
そして謙信に嘘が通じるわけなどない。
『はい。全て片付いたら…というお話の事ですよね』
『そうだ。全て片付いたらお前を春日山城に連れて戻り、この手で抱くと決めていた。だがあの時は叶わなかった。それどころか信長をかばって俺の目の前で斬られたな』
感情の読めない謙信の表情と口調に戸惑いながら会話を繋いでいく。
『あの時はとっさに体が動いたんです。狙われていたのが謙信様だったとしてもきっと同じようにしていたと思います』
それを聞いた謙信が満足そうに笑みを浮かべた。
『そうか。だが俺は斬られなどしない。そしてお前の事も斬らせたりはしない。あの時の傷、見せてみろ』
床を背中につけたまま、そっと襟元を開いてまだ残っている傷跡を見せる。
『信長には見せたのか?』
『いえ……傷が塞がるまでの数日は家康に手当てを任せていました。傷が塞がってからはずっと自分で薬をつけていました』
質問の意図がわからないまま答えていたが、謙信のほっとした様な表情を見てこちらも安心する。
『以前、小田原城でも刀傷を付けられたな。あの時の薬を用意してやる』
『ありがとうございます』
謙信の目線が首へと移動する。
『さすがにもうあの時の傷は綺麗に消えたな』
謙信の手がそっと優しく首に触れ、そのまま頬に触れる。
無言で見つめ合ったその直後、唇で唇をふさがれた。
ほんの一瞬の出来事に戸惑ったけれど、不思議と嫌な気持ちではなく、抵抗もせずに受け入れていた。
『柿より甘いだろう、そう思わぬか?』
『そうですね』
先程より深く長く、再び唇が重なった。