第32章 春日山城
『ところで直美様』
景家の表情と口調が今までと変わった事に気付き、何を聞かれるのだろうかと緊張して思わず背筋を伸ばす。
『はい、何でしょうか?』
『貴女、毛利元就に刀を向けたんですか?』
それは富山城の支城でのほんの一瞬の出来事を言っているのだろう。
『はい。懐刀を向けた瞬間すぐに奪われましたけど。それが何かあるんですか?』
『一乗谷と小谷城の城下町に流れていた噂ですよ。戦女神が謀神に刀を向けて戦ったと。その噂を浅井も朝倉も信じ込んでいた様なのです』
噂の内容は信玄と謙信が甘味屋で町娘から聞いたものと一致している。
『すぐに刀を奪われたので厳密に言うと戦ってはいないですよ。でも刀を向けたあの場所にいたのは私と毛利元就の2人だけでした』
『そうですか、少しずつ話が見えてきました。おそらく噂を流した張本人は毛利元就でしょう』
恐らくそうだろうとは思っていたが、ハッキリした目的が分からない。
『とうしてそんな事をするんでしょうか』
『簡単なことです。戦女神が織田軍にいると噂を聞きつけた大名たちは、貴女を攫ってでもそばに置きたがる。実際、今回はそれが浅井と朝倉により実行されました』
ここまでの景家の説明には何の曇りもない。