第16章 増山城
『おい、そんなにここの酒は旨かったのか?』
『はい!でも初めて飲んだからわかりません、んふふっ』
お酒に飲まれたせいで言葉を選ぶ作業が完全に機能していなかった。
『謙信さまー、お水はどこのお水ですかぁ?クリスタルガイザー?コントレックス?』
『は?なんだそれは』
『ボルヴィック?あ!六甲の!六甲のおいしいお水がいいな~、あははは~』
『何を言っているかわからんが水などどれも同じだろう』
『焼酎の水割りに梅干しを入れて飲むと美味しいですよ、オススメしま~す』
『焼酎とはなんだ?梅干しなら悪くなさそうだな』
ほとんど独り言の様なわけのわからない会話だが、謙信は何故かとても自分の心が穏やかになっている事に気づいた。
『おかしな女だ』
『えー、どこがですかぁ!普通ですよ、普通!普通に京都を旅してただけなんですよぉ……ううっ』
お酒のせいで思考回路がめちゃくちゃで、今度は一気に涙が溢れてきた。
『おい、笑ったり泣いたり忙しいな』
『こんなはずじゃなかったのに。普通に暮らしてただけなのに。なのに、何で、どうして私……』
謙信は横抱きにしていた直美を廊下に立たせると優しく抱き締めた。
『泣きたい時は泣け。お前が相手ならいつでもこうしてやる』
この涙はお酒のせいだ。
それはお互いにわかっている。
でもこの瞬間だけはお酒以上に謙信の優しさに酔わされたのかもしれない。
しばらく謙信の腕の中で泣いた。
だがそこからの記憶はすっかり飛んで、気がついたら既に朝だった。