第14章 春日山
その日の夜。
休もうとしていると直美の部屋を信玄が訪れた。
『姫、ちょっといいかい?』
『大丈夫です、どうぞ』
部屋まで来るなんて一体何の用だろう。
信玄はにっこり笑うと襖を閉めて直美の正面に座った。
『今日は城下を走り回ったんだってな』
『はい。みんなでウサギを追いかけたんです。なかなか捕まえられなくて大変でした。でも凄く楽しかったですよ』
『そうか、楽しかったなら何よりだ』
相変わらずの優しい笑顔に大人の余裕を感じずにはいられない。
しかしそこから何も言わずにこちらの様子を伺う様にして見ている信玄に少し違和感を感じる。
思い切ってこちらから質問してみる事にした。
『信玄様、今夜は私に何か用があってここに来たのではないですか?』
『ああ、その通りだ。君に聞きたい事があって来た』
急に真剣になった表情からはさっきまでの優しい笑みが消えている。
『君の事を色々調べさせてもらったよ。君は織田家の懐刀を持っていた、つまり立場は信長の正室だ』
(ええっ!?やっぱりあれってただの褒美の刀じゃないの?)
『だがあの信長が正室を迎えたという話を誰も聞いてない。安土に住む民でさえ知らない。それどころか君の正体が全く掴めない。どんなに調べても信長が本能寺で暗殺されかける以前の君の出自がわからないんだ。教えてくれ、一体君は何のためにどこから来たんだ?』
いつもとは違う真剣な眼差しに射ぬかれ、動きが止まった。