第3章 天守
『あと、私の事ですがこの時代でいう遠江出身です。父の仕事の都合で10年以上浜名湖の近くに住んでいました。家康の事はもちろん知っています。今川家の人質だったとか、三方原の戦いとか。あ、武田信玄はこの戦で亡くなったと学びましたが…生きていたんですね』
『秀吉、ここまで聞いてまだ直美の事を怪しい間者だと思うか?』
『いえ、怪しいというよりは不思議な存在です。嘘をついているとは思えません』
『ではくれぐれも直美を斬ってくれるなよ』
『信長様がそうおっしゃるなら従うまでです』
信長様の援護射撃のおかげで秀吉さんに斬られる心配はなくなったみたいだ。
『そうだ!安土城にお世話になる以上、私に出来る事があれば掃除でも洗濯でも料理でも何でもいいからさせてください!』
さすがにただの居候じゃ肩身が狭すぎる。
『貴様、料理が出来るのか?ならば朝は政宗を手伝ってやるとよい。毎朝厨房に立っているから明日にでも覗いてみるといいだろう』
『朝は広間に来て俺たちと一緒に食べろよ。そのまま軍議になる事もあるが、俺たちが全員揃うのは朝しかない日も多いんだ。皆で交わす情報が戦の勝敗を決めることもある、大事な事だ』
秀吉さんの言ったことはもっともだ。
軍議みたいな堅苦しいのは苦手だけれど、食事しながら会話するのは嫌いじゃない。
『ただし、貴様は織田家ゆかりの姫という扱いだ。掃除や料理は好きにしても構わんが、他国の大名が謁見に来る時は姫として同席してもらう。着飾って隣に座っていればよい。最低限の所作は秀吉と光秀に教えさせる』
ああ、そうだった。
信長様の気まぐれで姫になっていたのを忘れてた…。
でもその気まぐれのおかげであの森から抜け出し、安土城に住まわせてもらえるのだ。それも姫として。
本能寺で助けられたのは信長様ではなく私の方なのかもしれない、そう思った。