第4章 牡蠣殻磯辺
牡蠣殻は眉を上げ、次いで、柳の目で笑った。
「波平様にお会いしても?」
「無論だ。無為に話が長くなったな。波平も待ち兼ねているだろう」
綱手がにっこりと綺麗に笑い返して腕を組んだ。足を肩の幅に開き、寝台の牡蠣殻に腰を折って顔を寄せる。
「ひとつ。お前に聞いていいものかどうかわからんが」
一拍置いて、牡蠣殻の目を覗き込む。
「あの、一平という赤ん坊」
「彼は波平様の姉上杏古也様のご子息に御座います。則ち草の次期上位継承権を持つ要人ということに相成りなります。急逝なされた先代為螢主の第一夫人螺鈿とは杏古也様のことですから、一平様は名目上草の現君主に一番近くある伊草様と磯の磯影たる波平様、双方の甥という立場にも在らせられる」
言い渋るかと思いきや、予想外にあっさりと答えられて、綱手は一時身を引いた。
「杏古也の子か」
が、口角を上げて再び牡蠣殻に顔を寄せる。
「その一平とやらもお前が拐い出したか?」
「あれは私の仕業ではありません」
牡蠣殻は渋い顔でまた口許を拭うように撫でた。
「どこぞの馬鹿者が仕出かした仕儀です。恐らくはその者も草に追われることになりましょう」
「その馬鹿に心当たりがあるのだな」
尋ねた綱手と目を合わせ、牡蠣殻は盆の窪に手を当てた。
「そういう馬鹿に心当たりはありますが、それが絶対とは言えませんから、十中八九の本星としてもここでその馬鹿の名前をあげるのは詮無いことです。波平様にお尋ね下さい。その方が話が早いでしょう」
綱手は振り向いて自来也と顔を合わせた。行儀悪く卓に腰かけて話を聞いていた地雷也が肩を竦めて首を振る。
牡蠣殻が掛布を剥いで寝台から降りた。
「とは言え私の予想が当たっていれば、その馬鹿は生半なことでは捕まらないでしょう。どちらにしてもあれは逃げ回ることには既に慣れきっていますから」
今一度、綱手と自来也は顔を見合わせた。
「荒浜海士仁か?」
自来也の呟きにに牡蠣殻は顔を顰めて見せた。
「さあ?磯は分を弁えない者が多くて困ります。ええ、無論私も含めてのことですが」
三度、綱手と自来也は顔を見合わせた。
思っていた牡蠣殻磯辺と違う牡蠣殻磯辺が来た。
この牡蠣殻は、どういう牡蠣殻だ?