第8章 年納め
多分二人とも、気付いていなくはないだろう。それでも何を言うでも匂わせるもなく、飄々淡々としている牡蠣殻も伊草も、食えん奴という印象が募る。波平も同様の部分がある。
伊草はこの先どうするつもりでいるのか。牡蠣殻は何がしたいのだろう。波平も牡蠣殻をどうする気でいる?
ダンゾーに牡蠣殻を会わせたいと言った波平の頼みを、綱手は未だ保留している。ダンゾーにしても牡蠣殻が木の葉にいることを承知していながら何の反応もない。暗部を動かしてまで牡蠣殻を追った意図は何処にあったのか。牡蠣殻にはもう用がないのか。だとすれば何を以て”牡蠣殻の用”を埋めた?叩けば埃の出るダンゾーはだからと言って容易に突ける相手ではない。藪からでた蛇に迂闊に噛まれるわけにはいかないのだ。
恐らくは木の葉に伊草と牡蠣殻が居ることを、知っていて何の接触もはかって来ない草も気になる。
二人が木の葉に来てから草と取引する機会は持っていないが、年明けには挨拶代わりの取引を交わすことになるだろう。今草の実権を握っているのが誰なのか、元から内聞を明かそうとしない里のことだから具に知りようがない。年明けの取引ではっきりとわかることもあるだろう。それによって木の葉における伊草と牡蠣殻への対応もまた変わらざるを得なくなる。
慌ただしくなるであろう年明けを前に気晴らしをしておくのは悪いことではない。鬱々と考え込んで堪った鬱憤を晴らせば、また視界が明るく拓けてくることもある。
紙面に走る己が筆跡を目で追いながら、綱手は眉間の皺を弛めた。
そう。思い詰めすぎると視野が狭窄する。気晴らしは大事だ。
頭を振って自分に言い聞かせた綱手をシズネが見咎める。
「綱手様?」
「うん?」
「どうしました?」
「いや、どうもしない。ただ良い部下たちに恵まれて有難いことだと思ってな」
「何を今更」
「はは。お前のそういうところが好きだぞ、シズネ」
「戯言は程ほどにして、皆の好意を無駄にしないよう早めに仕事を済ませて下さい」
「うむ」
その気晴らしで酔い潰れ、ちょっとした騒動を寝たまま遣り過ごすことになるのだが、今の綱手はそれを知らない。
激務の果てに努々深酒をし給うなかれ。