第8章 summer memory③
《summer memory③》
その日、雨が止んでも、及川さんが帰ってくることは無かった。
その日だけじゃない。
明くる日の月曜日も・・・火曜日も・・・その次の日も、どれだけ仕事を早く切り上げて帰ってきても、家の中に彼の姿を見つけることは出来なかった・・・。
叔母さんには、事情を話した。流石に襲われたなんて言えなかったけれど、手紙を渡した女の人のことを話すと、そう、と悲しそうに目を伏せた。
気づけば、及川さんが帰ってこなくなって5日・・・
週末になろうとしていた・・・
(どこ・・・行っちゃったんだろう・・・)
スマホに電話をかけても、無視。
大の大人だし、危ない目には、多分あってないだろうとは思うけれど・・・。心配なのは、変わらなかった・・・。
「はぁ・・・・・・」
会社の屋上でひとり、食欲もないけれどコンビニでサラダを買って食べている私は、もう、何回目かも忘れたため息をつく。
(及川さん・・・、元気かな・・・)
答えの出ない心配事が頭をぐるぐると巡っている。
サラダを掴む、箸を持つ手・・・その手首はあの夜、及川さんにきつく掴まれていたのか、アザになっていたのを後から発見した。
手首だけじゃない。このブラウスの下には、沢山の、彼が触れた痕がまだ微かに残っている。
鏡に映ったそれを見るたび、焦げ付きそうな羞恥心と、
あの後、彼を追いかけられなかった自分に対する嫌悪感に襲われていた・・・。
"お前には関係ない・・・"
"踏み込んでこない方がいい・・・"
"関わらないでほしい・・・"
彼はそう言って私を遠ざけたけれど、それで、及川さん自身は救われてるの・・・?
今もあんな顔して、どこかにいるの・・・?
誰より近くにいた・・・。いたと思っていた。
だけど私どうして・・・
どうして彼の哀しみに気づいてあげられなかったんだろう。
何に哀しんでいるのかもわからない。
二人の距離は近づいていたはずなのに、心は1ミリも近づいていなかったことが、悔しくてたまらない・・・
じわっと涙が溢れる。