第3章 spring memory③
「ふんふふーんふふーん♪」
いっそう匂いが強くなる。
鼻歌交じりにキッチンに立つ及川さんの背中を見つけた。
扉が開く音に反応して、くるりとこちらを振り向く、こげ茶色の髪をした及川さん・・・ニッコリと微笑む。
くそう、今日もむかつくくらいイケメンだ。
「あ、起きたんだ〜おっはよ」
「・・・はよう」
この家に住まわせて貰って、こうして二人きりになるのって初めてだったりする。
新人研修で私も忙しかったし、たまーにここでテレビを見てるのを目撃するけど、叔母さんがいたりで、二人きりになることは無かった。
あの、初めて会った時のことが急に思い出されて、また頭が痛くなる。
「気分どう?吐き気とかは?」
勝手に頭痛を起こしている私に、意外と優しい言葉がかけられた。
二日酔いには優しい人なんだ、意外・・・
こくんと頷くと、及川さんはやれやれと息をついた。
「ほんと昨日は大変だったよ。リビングまでスリッパ片方履かないでくるし、そのまま缶ビール一気しようとするし・・・」
「え!やっぱりやらかしてたの、私・・・」
あちゃ〜。よりによってこの人の前で醜態晒してたんだ。全然思い出せないけど。
「そのまま寝ちゃうしさ。よく店からこの家まで帰ってこれたよね」
う・・・何も言い返せない、申し訳なくて。
あれ?待てよ?寝ちゃったってことは・・・
「もしかして・・・、部屋まで運んでくれたの?」
リビングで寝たって言うのに、自室のベッドで目を覚ましたってことは・・・
「運んだよ。ここで寝て、風邪ひかれたら困るからね」
ま、じかー。運んでくれたんだ。ってことは・・・
「え・・・上着かけてくれたり・・・もしかしてビニール袋も?」
そうか、あれは私が夜中気持ち悪くなって吐いてもいい用の袋だったんだ。
「上着は掛けたよ。シワになるし・・・流石に他の服は脱がせらんなかったけど・・・」
「・・・・・・・・・」
申し訳なくて何も言えなかった。
何か全然そんなふうに見えないけど・・・、意外と優しい所あるんだ・・・ちょっとはいい所あるんじゃん。
「脱がせんのは豊胸完了してからがいいからねっ♪」
・・・・・・・・・
前言撤回。彼は彼のままだったな。