第3章 spring memory③
「いつも朝早くに出るんだね」
洗面台で髪の毛をとかしていると、後ろから声がする。
げ、と内心呟きながら、ぎこちなく首を"彼"の方に向ける。
彼・・・及川さんは、ラフなグレーのスウェット姿で、頭に少し寝癖をつけながら、まだ眠そうな目をしてこちらを見ている。
「お、おはようございます・・・」
「なんで敬語なの?ま俺の方が年は上だけど、家で敬語使われんのも面倒だし、特別にタメ語で話してもいいよ」
私と洗面台の間に割り込んで、何食わぬ顔で顔を洗い出す及川さん。うん、要らないですそんな権利。冷めた目で彼を見ていると、及川さんはニヤリと笑った。
「あ、それとも、朝から俺に会えて緊張してる?」
「ソンナワケナイデショウ」
勘違いにも程がある。私は内心深ーいため息をついた。
やれやれと言った様子でその場を去ろうとした所で、叔母さんがリビングから顔を出した。
「あらおはよう徹、今朝は随分早起きね」
「おはよ母さん。うん、制服の予備、"あっち"に忘れてきてるみたいだから、取りに行ってくる」
「そうなの?気をつけて行くのよ〜」
それだけ言うと叔母さんはリビングへ姿を消していった。
白いタオルで濡れた顔を拭く及川さんを見る。
(あっち・・・?)
どこか引っかかるワードが頭の中を渦巻く。私の視線に気づいたのか、及川さんはタオルから形の良い瞳を細めた。
「な〜に、そんなに俺のこと気になる?」
「そんな訳ない」
「じゃあ特別に俺のことちょこっと教えてあげる」
いや、話聞いてよ。シカトの達人かな。
「俺はね〜」
不機嫌な顔をする私を気にもとめず、及川さんは私の方に体を向けて、腰を屈めて私と目線を合わせた。
「俺ね、マシュマロボディがタイプ。包容力のある感じね。あ、あとね〜」
言いながら、及川さんは不自然に私の方、寧ろ胸を指した。
「?」
「豊胸マッサージしてる子、好きだよ♡」
・・・・・・・・・
「最低!」
豊胸マッサージ・・・
そのワードには心当たりがあった。
地味にBカップを気にしている私が、何気なくリビングでテレビを見ていた時に、番組で紹介していた豊胸マッサージのやり方を、見ながら実践していたのだ。きっと、それを見られていたんだと思う。