第1章 プロローグ
高校三年生の二月。
もうほぼ学校へは行かなくなっていた。
卒業式の練習のため、1日だけ登校日があるだけだ。
私はその有り余る時間を、アルバイトに費やしていた。
「いらっしゃいませ〜」
私はパン屋「ひまわり」で働いている。
イチオシのパンはメロンパン。
うちのお店では「ひまわりパン」って呼んでるけど、まあメロンパンとおんなじ。
メロンパンの網目をひまわりの網目に見立てたのだ。
今年に入ってから働きはじめたからまだ1ヶ月ちょっとしか働いていないけれど、大好きなパンに、そしてよくしてくれる仲間に囲まれて、私は幸せな日々を送っていた。
「…あ。」
いつも土曜日に、このひまわりパンを1つ買っていく男の人がいる。
私はパンを並べる手を止め、レジへ急いだ。
「いらっしゃいませ。ひまわりパン1つで、180円です。」
いたって普通の接客をする。
「あの、」
男の人が口を開いた。
「ふぇいっ?!」
驚いた私は変な声を出した。
それを聞いた男の人は肩を震わせて笑っている。
「いや、すみません。ここのパン、すごく美味しいですね。」
「あ、ありがとうございます!」
パンを褒めてもらったことはとても嬉しかったが、それより恥ずかしさが勝った。
「に、200円お預かりしますっ」
レジにお金を入れ、お釣りを手渡す。
「20円のお返しです」
「ありがとう。」
男の人はふわりと笑ってお店を出ていった。
よく、おばあちゃんたちには「ひまわりのパンが1番おいしいねぇ」とか言ってもらえるけれど、若い男の人に言ってもらえたのは初めてだ。
なんだかとっても、嬉しかった。