第5章 つらくて、よかった
卵焼きをフライパンからお皿に移した有は、秋也がリビングにいないことに気づいた。不思議に思って寝室をうかがうと
「あっ…」
大量の性のオモチャが収納された裁縫箱の前で秋也が固まっていた。
有は青ざめた。
背中が、氷でも落とされたようにゾッと冷える。
何か言い訳したかったが口がパクパクするだけで言葉が出なかった。
「っぷ…あはははははは!」
秋也が笑い出した。
「はは…!ビックリした!有がこんなもの持ってるなんてな!はは、まあ、いいと思うぞオレは別に。いや、だが、それにしたって多すぎだろ!こんな箱いっぱい!あはは!なあ有、オレは」
バチンと音が響いた。
有が秋也の顔面を引っぱたいたのだ。
秋也は有の顔を見た。真っ赤になって涙目で震えている。
「有…。あ、オレは…」
「出てって!」
金切り声が部屋に響き渡る。
「出てって!帰って!はやく!」
「すまん有、違うんだ。バカにした訳じゃない」
「帰って!嫌い!君なんて大っ嫌い!出てって!」
「有、話を聞いてくれ」
「バカ!嫌い!出てって!」
「オレは、ただ」
「早く!!!」
有は泣きながらピシピシと秋也を叩き続けた。秋也はなんとか有をなだめようとしたが、最終的に彼女の剣幕に押され、すまん、と言い残して家を出た。
バタンッ、と痛々しい金属音を立てて閉まった玄関扉に、有はスリッパを投げ付けた。
肩で息をしながら寝室へ行くと、ラブグッズの詰め込まれた裁縫箱がのん気に口を開けていた。キツく睨みつけ、乱暴にその蓋を閉めると、クローゼットにぶん投げた。
「っ………」
情けない。みっともない。恥ずかしい。
いっそ大声で泣き喚いてしまいたかった。
だが喉から漏れる自分の嗚咽が耳に入ると、惨めな気持ちがどんどん増してくるような気がして、そこからもう声を出すことができなかった。
枕に顔を埋め、声を潜め、歯を食いしばって、1人ぼっちで泣いた。