第146章 雪山と彼の腕
踏み締めた雪がギュッと音を上げる
「綺麗ですね」
「うん。」
隣を歩く彼だが雪道でも足音は無く彼に身に付いた習慣を何処か悲しく思いながらも湖を眺める
真冬の北海道では湖が凍っていてワカサギ釣りなんてのが通例だと思っていたのだが眼下に浮かぶ洞爺湖は雪山に囲まれているのに澄んだ水面を揺らしていた
「こんなに寒いのに凍って無いって不思議じゃないですか?」
ぼんやり疑問を口にすれば
「洞爺湖は不凍湖なんだよ。水深が深い湖は貯水量が多いから夏の間に熱を吸収して冬に熱を放出するんだ」
ガイドさんさながらの説明を受けて面食らってしまった
「………成る程……」
彼の説明通りならば冬の今、湖は夏の内に溜め込んだ熱を放出していて湖面が凍結していない現状も納得出来る……しかし………
「……イルミさん何でそんな事知ってるんですか……?」
彼がやたらに詳しい説明をする場面は時たまあるのだが何時どうやってその情報を得たのかぼんやり疑問に思ったのだ
真っ直ぐ湖を眺める横顔を見詰めれば
「テレビの受け売り。」
なんて淡々と言われたので笑ってしまった
私が笑っているのを横目に見た後にふぅ、と白い息を吐いた彼は私の部屋にやって来た初日の話しをした
狭い部屋で一人留守番をしている最中テレビから洞爺湖の風景が流れた
当時、文字も解らない状況で只映し出された景色を眺めたのだと
「来てみたかったんだ。」
白い跡を空中に残して言った彼に
「二人で見れて嬉しいです!」
私は下手くそに笑う事しか出来なかった
再びバスに揺られ始める
私の頭の中は彼と出会ったあの日を思い出していた
彼が留守番していたのは私が実家に玄関扉の修理費を借りに行った間だった
彼にとって此の世界での思い出は私と二人共有では無い彼一人が感じた物もあるのだと
そんな当たり前の事を今更考える
彼は此の世界に来て、私と出会って良かったと、楽しかったと思ってくれているだろうか
此の世界で様々な人と接して何を感じたのだろうか