第145章 ひとつの布団
湯気が立ち込める広い浴室で開いているシャワーを何とか確保して何時もより手早く洗髪を済ませ大きな湯船に浸かった
お湯が熱いと感じるのはそれだけ私の身体が冷えていたからだろう
芯まで染みる暖かさに幸福の溜息が漏れる
(やっぱり日本人はお風呂やなぁ~)
なんて呑気に考えていると
「あ、こんばんは」
不意に声を掛けられてチキンハートは跳ね上がった
「あ、あぁこんばんは…」
話し掛けて来たのは同じツアーの60代後半くらいの女性だった
………確か夫婦で参加していた………と思う
「ご結婚されてるの?」
「いえ!独身です……」
にこやかに隣に落ち着いたおばさんは尚も会話を続ける
「じゃああの綺麗な子は彼氏かぁ」
「………はい」
……綺麗な子……やはり彼は誰の目から見ても中性的に見えるのだろう
高身長な為にしっかり男性として判断されているのかもしれない……
この場で否定したらツアー内で変な噂になりやしないだろうかと咄嗟に答えてしまった回答は事実では無い
……考え過ぎかもしれないが
「良いねー楽しいやろ」
「はい、楽しいです」
おばさんは結婚生活45年の記念旅行なのだと話してくれた
仕事人間だった旦那さんとゆっくりと旅行に行く様になったのはつい5年程前からでそれはそれは今がとても楽しいのだと笑った
私は何だか身体も胸もポカポカになって、最後に露天風呂は必見だと言って出て行ったおばさんのオススメ通り露天風呂へ出た
途端に吹く外気は冷たく身体から湯気が上がるが少し長湯だった事で然程寒さは感じなかった
其れよりも眼下に見えるキラキラの夜景に見惚れて小さな歓声を上げる
満天の夜景とまでは行かないものの暗闇に浮かぶひとつひとつの灯りがしっかりと輝き、一人用の湯船に浸かりながら眺めれば何時までも長湯出来る気がした
心地好い風にゆらゆらと漂う湯煙
耳には流れる水音が響き、なんて贅沢なのだろうと思った
そうこうしている内に随分長湯をしてしまった私は慌てて部屋に戻っていた
濡れた髪をそのままタオルでぐるぐる巻きにして走り難い浴衣で小走りしているとスリッパが飛んで行ったりしたがとにかく急いだ
控え目にノックすると暫くして扉が開かれて私は途端に心臓が口から飛び出すのでは無いかと思った