第145章 ひとつの布団
「随分混んでるね」
なんて溜息混じりに言った彼に只頷いてネームプレートの立てられたテーブル迄人をかき分けやっとの思いでたどり着くと彼は心底鬱陶しそうに遠く並べられた料理を見遣った
「さっさと済ませて部屋に戻ろう」
「はい、そうしましょ」
私達は各々皿を片手に料理を選び取りテーブルに戻る頃にはどっと疲れていた
しかしながら目敏くカニの足を取る事は怠らず黙々と食事を進め
静かに食事をしていただけなのに優雅な彼の所作は人目を惹いて仕方が無く落ち着く事等皆無だったのも後押しして実にスピーディーな夕食と成った
廊下にも人は溢れ、部屋に戻る人、今から夕飯の人が行き交い大きくて立派なホテルだけあってその数は相当な物で隣の彼の様子をチラリと伺えば人混みにうんざりしているのか怪訝な表情を浮かべている
「部屋で飲み直しませんか?」
足早な食事に酒は皆無だった
それならば部屋で彼と二人ゆっくりと……と考えての言葉
「良いよ。売店に売ってるかな」
彼はゆるゆる髪を梳すと私の手を取り真っ直ぐエレベーターに向かった
ドキドキと騒ぐ胸
賑やかな雑踏を間近に感じながらも大好きな彼を私一人が独占しているような幸福感は身体中を包み込み途端に緩む頬に気付かれ無い様に俯いた
ぎゅうぎゅうのエレベーターで一階に降りれば売店は2ヶ所あり彼に引かれるままに歩く
チラリと彼を盗み見てみたが無表情な横顔に照れたり嬉しかったりするのは私だけなのだろうか……と虚しい気持ちが沸き上がったがその気持ちは押し込めてぎゅっと手を握った
「十勝の赤ワインだって。」
「良いですね!ご当地ワイン!」
空いた片手でワインビンを持った彼に頷けばサラリと会計を済まされてしまって私は先程から只彼に連れられるままの人形の様だ
部屋に戻る迄の間また私の手を取った彼
ドキドキと高鳴る胸の内は彼への想いで溢れていて彼が一体何を考えているのか彼は私にどういう気持ちを抱いているのか無表情な彼の心の中を覗きたくて仕方がなかった
………だけどその必要は無いのだ
私の気持ちを彼が知る事は無いし彼の気持ちを私が知る必要は無い