第141章 なんでもないヒトコマ
彼はかなり優しいと私は思う
先週大騒ぎした虫歯の件だって歯医者を見付け、予約を済ませ、寒い真冬の夜に私を乗せて自転車を走らせてくれた
その後泣き叫ぶ私の愚痴に相槌を打ち手のひら返しをして称賛する私の言葉には冷ややかな視線を送りながらも私が布団に入るまで大きな溜息を付きながら起きていてくれた
そして今回は然り気無く私から荷物を拐い取って一緒に行く、と言ってくれた
時刻はまだ夜というには早い18時過ぎ
すっかり陽は落ち辺りは暗く成っていて昼間より冷え込んだ空気が私達を包む中ガサガサとゴミ袋の音が閑静な住宅街に響く
土曜日は昼間からアルコールで乾杯して二人で自堕落を極めた
日曜日は二人で選んだレンタルDVDを観て普段と変わらない休日を過ごした
何だか二人で夜道を歩くのは久しぶりな気がして只コインランドリーに行くだけなのにワクワク胸が弾む中彼はポツリと呟いた
「ねぇ、コインランドリーって何」
彼は約一年間この異世界で生活をした
始めの頃より格段にこの世界を知っている
其れでもまだまだ知らない事の方が多いのだ
単調に言った彼が可愛らしくて思わず微笑みながら
「いっぱい洗濯機があって洗濯出来る所です」
と説明すれば
「そうなんだ」
少し沈んでしまった声
「どんな場所やと思ったんですか?」
彼は暫く沈黙した後に
「コインで出来たテーマパーク。………コインランドリー」
なんて言うのでニヤニヤしてしまった
彼は私の表情に気付いて眉を僅かに潜めていたが注意を受ける事は無かった
商店街の隣の細い道を行くとひっそりコインランドリーが建っている
私が知る限り此所が一番の近場だと思う
硝子扉を開くと乾燥機と洗剤の独特の匂いが鼻を掠める
彼はキョロキョロと辺りを見渡した後に抑揚無く ふーん と独り呟いた
感心したのか何なのかは解らないがとりあえずびちゃびちゃの洗濯物を放り込んで小銭を投入すると洗濯機は回り出した
背後でその様子を眺めていた彼は中身が丸見えだと指摘したが取り違えが起きない様にだと説明すれば納得した様だった
私達の他にも使用中の洗濯機が回っていてシンと静かな中に洗濯物が回る音だけが聞こえる
「まだ時間かかるんで外食しません?」
「良いよ。」