第138章 水族館に行こう
開館直後の館内は空いておりゆっくりと歩みを進めると次いで見えて来たのは森林をモチーフにしたエリアだった
開放的な空間に反響するせせらぎの音、沢山繁った木々に緑の香りを感じる
今迄私達が訪れた事のある水族館とは様子が異なっている為かキョロキョロと辺りを見渡す彼の手首を掴み引いて歩く
幼い頃の記憶と彼が隣に居る幸せが合わさって子供に戻ったかの様な純粋な嬉しさが身体中に込み上げ自然に早歩きに成った
日本の森林を再現した展示場には可愛いらしいコツメカワウソがいてその前で立ち止まる
「動物もいるんだね」
「ですね!可愛い」
ちょこちょこと小さな足で元気に動き回るカワウソが愛くるしくて暫く立ち止まっていると
「……動物園の方が良かった?」
思いがけない言葉が降ってきて彼を見上げる
私を真っ直ぐ見詰める彼は無表情ながら私の様子を伺っている様で
「いえ!私今めっちゃ楽しいですよ!」
笑みと共に本心を口にすれば彼は視線をカワウソに移して短く「そう。」と言った
生活を始めて半年を過ぎた頃から彼はよく私の様子を伺っていると感じる
それに私が気付ける様に成っただけで実は出会った始めからそうだったのかもしれないが……
其れだけ私を気に掛けてくれている、彼の意識の中に私がいる
そう思うだけで幸福感が溢れて掴んでいた彼の骨張った手首にぎゅっと力を込めた
チラリと視線が合った私達だが彼が私を引き剥がす事は無かった
その他水鳥やオオサンショウウオを見て回り彼が自ら立ち止まったのは小さなサワガニの前だった
ウジャウジャと動くカニをまんじりともせず眺めている彼の横顔はまさに無だったが彼なりに楽しんでいる様で静かに胸を撫で下ろす
私ばかりが楽しんでいるより彼も一緒に楽しんでくれた方が百万倍嬉しい
私はじっと動かない彼の気が済む迄只サワガニを眺めた