第137章 夜更かしのヒトコマ
彼の提案は素敵なものだった
ブカブカの彼のコートに身を包み暖かいカップを手に外へ出ると冬の夜風が静かに抜ける
狭いベランダに二人並べば気温差からカップからユラユラと湯気が上がった
都会の空は星を消してしまうが閑静な住宅街に佇むアパートからは其れなりに星が見える
夜空を見上げる彼の横顔が室内から漏れる光に照らされて綺麗な影を落とした
愛しくてたまらないこの人がもうすぐ居なくなる
悲しくて堪らないのに実感が湧かずに只ズキズキと痛む胸
「イルミさん」
「何。」
「私の所に来てくれてありがとうございます」
「………。」
ゆっくりと此方を向いた彼は何も言わなかった
しかし真っ直ぐに向けられた瞳は心の全てを見透かしてしまいそうで、そっとカップに視線を落とす
「沙夜子は本当に馬鹿だね」
「今……全然馬鹿要素無かったですよね」
「馬鹿要素しか無い」
意地悪な台詞に似合わない優しい声色に泣き出してしまいそうでカップに口を付ける
「あっつ!!」
予想を遥かに上回って熱いココアは一瞬悲しみを吹き飛ばし
「ちゃんとふーふーしてから飲まないからだよ」
なんて言われてしまい
途端に私の心臓は射抜かれた
「………イルミさん。もう一回ふーふーって言うてください」
「…………」
「お願いします!めっちゃ可愛い!」
「嫌だ」
その後彼がふーふーと言う事は無かったが私達は内容なんて在って無い様な会話を交わし続けた
シンと静かな空気の中小さな声で会話する彼の声を世界中で私だけが聞いているのだと思うと胸が切なく高鳴って
いつまでも夜が明けなければ良いのになんて思った
夜更かしのヒトコマ