第129章 缶の箱と段ボール
部屋の何処を見ても彼の面影ばかりなのだ
…………元彼との別れも悲しかった。忘れられないと思った。長い月日が過ぎて悲しみを乗り越え、何時しか忘れていた
彼の事も長い長い月日を過ごす内に忘れられるだろうか……
…………こんなに想っているのに?
彼が居なくなる現実も忘れ無ければならない事も全てが悲しくて私は只黙々と掃除をした
________"
「お疲れ様です!ありがとうございました!」
「うん。」
彼の力を借りて行った大掃除は夕方には終了し、彼お気に入りのニュースがテレビから流れている
ちゃぶ台には出前で頼んだうどんが湯気を上げていて居間には食欲をそそる出汁の香りが立ち込めていた
「いただきます」
「はい!いただきます!」
ニュースの天気予報、何故か彼は単調に笑う
「ははは」
「………。」
何が面白いのだろうと毎回思うがきっと理解出来ない理由だろうと思っているので笑い声の理由を尋ねた事は無い
ズルズルと麺を啜る音
彼を盗み見れば長髪を耳に掛けてうどんを頬張っていて
只それだけなのに本当に愛しく思った
「………何。」
私の視線に気付いた彼は視線も寄越さずに言うと
「……沙夜子は食いしん坊だよね。かき揚げは譲れないよ。」
なんて思っても見ない事を言われてしまった
私は彼を警戒させる程食べ物に貪欲で彼の物を奪って食べてしまうと思われているらしい
「……狙ってませんよ。」
「あ、そうなの?」
なんて間の抜けた声に思わず笑ってしまった私は同時に込み上げる悲しみをそっと胸の奥に追いやって声を上げた
「かき揚げちょっとください!」
「……やっぱり狙ってるじゃん。」
呆れ声の彼に私はしっかり笑えているだろうか