第123章 足りない景色
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帰宅するなりしがみついて離れず泣きじゃくった彼女は突然糸が切れた様に眠り始めた
「大きい子供だね。」
泣き腫らした瞼から涙を流していたのは今だけでは無い事を伺い知る
頬を拭ってやると目の下には隈が出来ていた
「酷い顔。」
何時も通り仕事へ行き集合場所から車に乗り込んだ
毎日現場が違う為に何処へ行くかは解らないがその日説明された地名は聞き慣れ無い場所だったがそんな所があったって何ら不思議では無いので何の疑問も持たずに車に揺られていると走り出したのは高速道路だった
比較的遠方の現場の場合高速道路を使う事もあったので疑問も持たずにいたのだが
三時間走った所で到着したのは島根県だった
腕に彼女を抱いたままスマホを充電する
久しぶりに開いた画面には"沙夜子"の文字の着信履歴が沢山残っていて彼女からしか届かないメールボックスには
【いつ頃帰りますか?(*^-^*)】
と、元気な風を装った文章が一件だけ入っていた
布団は敷かれておらず夜を明かしたのだろう事が解り、手を握ってやればひんやり冷たかった
彼女はずっと自身を待っていたのだ
ちゃぶ台を見遣ればしっかり二人分の夕飯
ラップを取り払うと玉子焼きにタコさんウインナー、唐揚げ、ハンバーグと自身の好物ばかりが並んでいた
箸を手に取り手を合わせ、すっかり冷めた唐揚げを頬張る
「沙夜子、美味しいよ」
自身の胸でスヤスヤと眠り続ける彼女はきっと睡眠も取らず少しこけた頬から食事もままなら無かったのだと解った
自身の好物を作り、只自身の帰りを待つ彼女を想像すると意地らしくて愛しくて仕方が無かった
ぎゅっと抱き締めるとふんわり彼女の香りが鼻を掠めて可愛らしく色付いた唇に思わず唇を重ねた
自身でも驚く程に高鳴る胸は只彼女への想いで満たされ
想像よりもずっと柔らかな感覚にもう一度唇を重ねた
彼女をそっと布団に横たわらせて毛布を掛けてやると彼女は心底幸せそうに身動いだ
「おやすみ沙夜子」
朝日が淡く差し込む室内で男は只彼女の寝息を聞いていた