第118章 月夜の湯煙
京都旅行の際よくも平気で……平気では無かったが……平気で混浴出来たものだと振り返るが
あの時よりも膨れ上がった気持ちが羞恥心も膨らませた事は明白だった
チャプチャプと波紋を作りながら近寄れば湯煙の中はっきりと彼の姿を捉える
ゆっくりと此方を見遣った彼はすっと瞳を細めた
「何してるの。お酒飲まないの?」
「………あ、飲みます」
まさに呆れた表情だ
彼に指摘されて気が付いたが肩迄浸かった状態ではお酒を飲めないので私は大人しく姿勢を正した
水気を含んだタオルは重たく成ったせいで最初の位置から僅かに下降してしまった
慌てて元の位置に戻す
彼はそんな私を平然と眺めていた
……馬鹿な真似をするんじゃなかった……
「乾杯」
「乾杯です!」
平静を装いお猪口に口を付けるとひんやりした冷酒は驚く程に美味しかった
湯に浸かっている為に温度差が生まれて喉を通る冷たさはまさに至極だ
「っ!!めっちゃ美味しいですね!!」
「うん。」
「ほんまに贅沢ですよねー。私今日幸せ過ぎてやばいです!」
「そう、良かったね。」
素直な気持ちだ
私は本当に幸せな気持ちで身体中が一杯で幸福感に包まれている様な気がした
風が吹き抜けて湯気を拐い空へ昇って行くのを見送った先にはまん丸い月が見えた
「今日は月が綺麗だね」
私の言葉を代弁する様に呟いた彼を盗み見ると纏め上げられた髪の遅れ毛が風に揺れて首筋を流れ
ぞっとする程に端麗な横顔は遠く空を見上げていた
「はい……綺麗な満月です」
私の言葉に此方を向いた彼はそっと視線を反らすとまたお猪口を傾ける
彼のお猪口が空に成ったので徳利を構えれば
「沙夜子がお酌なんて珍しいね」
なんて言われてしまった
「そうですか?…………そうですね」
記憶を思い返すと実際数える程しか無く彼の方が格段にお酌をしてくれていたという事実に気付く