第118章 月夜の湯煙
まだ半分程残っているお酒を置いて部屋を後にするとすっかり暗く成った長い廊下には組子行灯の柔らかな灯りが足元を照らして光っていた
相変わらずシンと静かな宿内に一人分の足音だけが控え目に響く
隣を歩く彼の足音は聞こえない
「イルミさん、足音しないですよね」
「………そうだね。癖かな」
ひんやりとした空気が漂う薄暗い廊下を抜けて用意されている下駄で中庭へ出ると火照った身体に心地好い風が吹き抜けた
私に指摘されたからか、はたまた慣れないせいか下駄が二人分カランコロンと石畳に楽し気に鳴る
昼間チラリと見た庭とは雰囲気が異なりライトアップされて照らされた砂紋やキラキラと輝く岩苔、照明によってより際立った紅葉の鮮やかさ
静寂に包まれた庭はまるで異空間だった
「………綺麗」
思わず漏れた言葉に
「この庭を見せたくて此所に決めたんだ。……あとは沙夜子が好きそうな料理とお酒があったから」
彼は柔らかな声色でそう教えてくれた
彼が調べ、吟味し、私の事を想像しながら選んでくれたと考える
其れだけで価値のある今が在った
私達はゆっくりと庭を散策した
どれだけ時間を掛けたのか広い庭園を巡る内に秋の夜風に長時間吹かれた事で体温が奪われ肩がぶるりと震える
「少し冷えた?」
「はい、ちょっと」
私を横目に捉えた彼を見上げれば手首を緩く掴まれて引かれる様に歩くと中庭の影にひっそりと竹林があり独特な香りが鼻を掠めた
竹林を抜けると立ち込める湯気
其処には足湯があった