第114章 些細な日常
何度も見た光景だが未だに不思議に成る
一緒に生活しておいて変な話しだが彼には生活感が無いのだ
しかし実の所、靴下に穴が開く事もあれば毎日歯磨きだってするし、寝起きが悪くなかなか起きなかったりする
そして爪だって切るのだ
いつ見ても不思議な感覚に陥る
完璧な造形を持つ彼
彼は所作や漂わせる雰囲気迄もが美しく異質な存在に思う
「イルミさんが爪切ってる……」
パチンと音が鳴って彼は此方に横目を向けた
「またそれ?」
まだ水気を含んだ長髪が耳元から落ちる
「……だっていつ見ても不思議なんですもん」
隣に腰を降ろして彼と同じに彼の指先へ視線を落とす
ほんの一秒前迄彼の一部だった欠片がティッシュペーパーに落ちる
「何が不思議なのか知らないけど俺だって爪くらい切るよ。」
「………ですね。私も後で切るから爪切り出したままにしといてください」
「うん」
まるで私とはかけ離れた存在に思える彼だが生活の些細な出来事で彼も私と変わらず生きているのだと強く実感する
パチンパチンと鳴る音をやはり不思議な感覚で聞きながら彼が傍に存在する事を強く感じたりした
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「おやすみなさい!」
「おやすみ」
布団にくるまる
おろしたてふかふかの羽毛布団はお日様の香りがした
灯りを消した暗い室内には親方の回し車の音が響く
「………沙夜子」
「………はい?」
「…………暑い。」
「………まだ羽毛は早かったですかね」
実は私も暑さを感じてじんわり汗をかいていた
「………おやすみ」
「おやすみなさい」
彼はバサリと布団を押し退けてごろりと背中を向けた
私も同じ様に布団を押し退けると彼の方を向いて眠った
日々何をするでも無く彼の傍にいられる事が私は幸せで堪らないのだ
こんな日常が続けば……なんて叶いもしないのに願ったりした