第114章 些細な日常
「………縫う?」
言いながら動きを止めた彼
「はい!勿体ないし」
「いらない。」
「……ちょっ……」
彼が捨てようと手放した靴下をキャッチすると彼は一瞬目を見開いた後に尚も怪訝な表情を浮かべた
「……汚いし。捨てなよ」
「嫌です。イルミさん今日別に仕事行った訳ちゃうし汚くないです。捨てません」
「………」
「………」
彼は鋭い視線を私の手元へ向けると無理矢理に靴下を奪い取られてしまった
「まだ履けますって!」
瞬時に奪い返そうとするが彼は抜群のリーチを生かして腕を高く上げてしまう
飛んでも跳ねても届かない
「縫わないよ。捨てる」
彼は勝ち誇った様に私を見下ろすので助走を付けて彼の腕にしがみつき飛び付いた
両足は完全に宙に浮き支えは彼の腕のみだ
「…………。」
私を見下ろす彼の視線は実に冷ややかだ
彼の身体に足を付きよじ登るがノーリアクションの彼はびくともしない
私はじりじりと移動して彼の首に腕を回すとご立派な腹筋をよじ登るが彼はその隙に靴下を捨ててしまった
「………あ!!」
私は咄嗟に腕を離して床に着地しようとしたのだが其よりも早く彼の腕によって捕らえられ荷物の様に肩に担がれてしまった
その所作には一切の無理が無く余裕なのが腹立たしい
「ちょっとイルミさん!靴下!」
私は彼の背中をバシバシ叩きながら声を上げるが
彼は長い溜息を付いた
「何?あの靴下そんなに大切なものなの?縫ってまで履かなきゃ駄目なもの?」
彼に言われて考える
私は今まで衣服の多少の穴なら縫ってきた為に思わず勿体ないと思ってしまったが嫌がる彼に無理矢理強要する程の事柄でも無い事に気が付いて脱力する
「………いえ……捨てましょう……」
気絶した人間は重たいと言うが今私はまさに彼の肩に全体重をかけている
手足をだらりと垂れ下げた私はさぞや重かろうと思うのだが彼は余裕の歩みで畳んだ布団迄歩み寄ると私を転がして座椅子に腰掛けた
「夕飯まだ?」
「…………今すぐに………」
私と彼の無意味な小競り合いは無事に終結して私達は仲良く鍋を食べた
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風呂上がりパチンパチンと小気味良い音が鳴る
タオルを肩に掛けた彼は真っ直ぐに指先に視線を送り爪を切っていた