第96章 水族館と手の温もり
人混みに揉まれて足元が覚束ずよろめいた私だが力強く手を引かれて彼に後ろから抱き締められる形になり逞しい胸板に支えられて持ち直したのだが代わりに心臓が暴れだして仕方がない
「あ、ありがとうございます」
「別に」
水族館に到着してから私は彼にドキドキさせられっぱなしだ
…………彼も私と同じ様にドキドキしてはくれないだろうか……なんて高望みだろうか
緩く前に組まれた彼の腕に思い切って抱き付いてみる
私にしてみれば大胆な行動だ………途端に恥ずかしくなった
彼に背中を預けている形の為に彼の表情は解らないが今度は私から彼の手を取り歩き始めた
照れ臭くて振り返る事は出来ないが間違いなく真っ赤な顔
館内が暗くて良かった……心底そう思った
その後私達は水族館に隣接する海洋博公園へ出た
海は美しく揺らめき果てしなく広がっていて息を飲む
広大な敷地にはマナティ館やウミガメ館等があり彼の広げたマップを頼りに向かった
マナティを初めて見た彼の感想は
「これを人魚だと思った昔の人間は目がどうかしてる」
だった
………確かにそうは思うがはっきり言わずとも良いでは無いか……と苦笑いを返しておいた
時計を見遣ると16時30分を指しており随分ゆっくりと観覧していたのだなとぼんやり思う
どちらともなく出口に向かって歩き出した私達
楽しみにしていた旅行ももう半分を過ぎてしまった
見上げた彼の横顔は海風に吹かれて艶やかな長髪をなびかせた美しいもので目が眩みそうなのでそっと視線を外した
水族館を出たら離れてしまう手の温もりを何時までも感じていたくてわざとゆっくり歩いている事に彼は気が付いていただろうか