第88章 フルコースは投げられて
本当に大したことは無いのだが、痛いものは痛い。
生理的に溢れる涙を堪えられないくらいには痛かった
店長に言われるままに水で暫く冷やして応急措置で絆創膏を貼ってその後も仕事をこなしたのだが利き手の良く使う指だった事もありかなり無理をした気もする
彼は絆創膏だらけの指を見て瞬時に気付くとしっかり手当てはしたのか、と尋ねてきた
「水ぶくれ程度やし薬とかいらんくらいですよ!」
「そう………。」
彼はその後何も言わず気にかける様子も無く私の下らない話に相槌を打ってくれていたのだが
帰宅すると部屋の電気を点けるより先に私の手首を彼のしっかりとした大きな手に強引に掴まれたのだ
暗闇の玄関……突然の彼の行動に戸惑っていると彼に引っ張られて連行されたのは洗面所だった
強引に引っ張られるものだから急いで脱いだ靴は散らかっているだろう
彼の点けた洗面所の光が眩しく目をしばたたかせていると
彼は私の手を取り絆創膏を思い切り剥がした
「いっ……!」
まだジンジンと痛む指は粘着面に引っ張られて更に痛み思わず瞼を強く閉じる
「あの………イル「とりあえず冷やして。痕になったら大変」
「大丈夫ですよ!結構冷やしたし大したこと無いですから!」
「大したこと無いかどうかは俺が決める」
彼は蛇口を捻ると私の手を其処へ誘い洗面所から出て行った
(………えっ………何。俺が決めるって………いきなりの俺様やん………しかも謎の場面で発動やん………戸惑いしか無い……………)
謎の俺様発言にポカンと取り残された私は暫く火傷の痕を水に浸けていた
そろそろ良いかとリビングに行くとキッチンでガサゴソしていた彼に氷の入った袋を手渡されて
私は、これでもか!という程手を冷やされ火傷の痛みより指先の冷えから掌全体が痛くなった
「もう良いですかね」
「沙夜子が平気なら」
「あ、はい」
(え、俺が決めたんじゃないの………嫌やわ……振り回されてる……)
私はただ困惑したままそっと袋を捨てたのだった
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翌日
コールセンターからの帰宅途中に彼からメールが入り
『夕飯俺が作るから沙夜子は何もせず待ってて』
との指示があった