第88章 フルコースは投げられて
9月のある日
私は静かに彼を見守っていた
私達は実に穏やかな一時を過ごしていた筈だった
ほんの先程迄は……
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昨夜
居酒屋のアルバイトを済ませると私は駅ビルから早足で立ち去る
何故なら愛しい彼が私を待ってくれているから
考えただけで胸がキュンと鳴って足取りは軽くなる
業務員用出入口から外へ出ると見える街灯の下に彼は何時もの様に佇んでいた
物音に気付いて此方へ真っ直ぐ歩みを進める彼に駆け寄る
私はこの瞬間が大好きだ
彼は私以外瞳に映さず私だけを目的に足を運び私も同じく彼を目指す
本当に贅沢な瞬間に思う
「お疲れ様」
「お疲れ様です!」
単調ながら労りの言葉は私の身体中に染み渡り、疲労感も吹き飛ぶ気さえする
満面の笑みで見上げた彼は何時もなら無表情なのだが今夜は違っていた
僅かに反応した眉は潜められて普段真っ直ぐ視線を合わせる彼が私の手元を凝視していた
「どうしたの。それ」
「あー……ちょっとドジって火傷しました……大したこと無いですけど!」
私はほんの数時間前にミスをして利き手の人差し指、中指、親指を火傷してしまっていたのだ
混雑するキッチンにて焦った私は少しでも洗い物を済ませ様とまだ熱が冷めきっていないフライパンを掴んでしまい、途端にジュッと音が鳴った