第85章 夏の終わりの彼と私
震える手でアイシャドウを構える私を真っ直ぐ見詰める彼
「あの………目瞑ってもらって良いですか?」
「うん」
私の言葉に彼は実に素直に瞳を閉じた
なんて無防備なんだろう……と思う
彼は暗殺者であり普段から警戒を怠らない
しかし最近の彼は自宅内で私と話す時なんかは柔らかな表情を浮かべる様になった
全く行動に移す気は無いが、もし私が彼の首を絞めたり刃物を突き立てたなら彼は瞬時に対応するにしても傷を負うのだろうか
彼は私にそう思わせる程に心を許している……こみ上げるのは単純な喜びだった
広い瞼に色を乗せる
固定する様に頬に手を添えると僅かに動いた眉にドキドキと胸が高鳴った
マスカラを塗ると元々上向きの睫毛ははっきりと黒を帯びる
形の良い唇に真っ赤な口紅を当てる
初めて私が彼の顎を掬い上げた
彼に数回された事はあったが私がする事は恐れ多い上に身長差から機会が無かった
彼はアイメイクを終えて普段よりもくっきりとした瞳を薄く開き私を見遣るので俄然緊張した
色が乗り、しっかりと輪郭を表した唇
彼の端正な顔立ちにどれだけ向き合っただろうか
目の前に映るのはこの世の物とは思えない美しい顔だった
緊張してばかりだった私の肩から力が抜ける
「ヤバい…………めっちゃ綺麗です…………」
「嬉しくないけど」
溜息が漏れる出来栄えだ………!!!正に女も嫉妬する美人………!!!
不満気に鏡を覗いて「全然似合わない」と吐き捨てた彼以外の人類は満場一致で彼を美人だと言うだろう
その後ポンパドールを作り毛先を巻いたのだが………彼のさらさらの猫毛に癖は付かなかった
「イルミさん美人すぎるっ!!!美人過ぎてやばい!!!美女ーっ!!!!」
「………」
化粧を落とそうと彼が立ち上がる迄写メを連写して騒ぎ捲ってしまったのはあの美人を前に致し方無いと思う
暫くしてすっかり元の姿に戻った彼は溜息と共に座椅子に腰掛けたが私は興奮覚めやらず勢いをそのままに彼に話し掛ける
「イルミさんっ!!!めっちゃ美人さんでしたねー!!!」
「美人って言われても嬉しくない」
「えー!!褒め言葉ですよ?!」
「………」
彼はその後複雑な表情を浮かべたまま何も言わなかった
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