第85章 夏の終わりの彼と私
スヤスヤと安らかな寝息を聞きながら男は深い溜息を付いた
呑気なものだ…………と出会った頃と変わらぬ印象を浮かべる
しっかりと腕に抱いた彼女は随分小さく自身が力を込めれば直ぐに息絶えてしまうだろう……
数知れず赤に染まった身体
奪った命の数なんて覚えてもいない
暗殺者として生を受け懸命に生きて来て
生まれて初めて赤の他人を壊れぬ様に壊さぬ様にただ彼女の温もりを求めて優しく抱く
(気持ちが悪いけれど……初恋ってやつなんだよね…………)
寝込みを襲う様な真似をしたのはただただ焦燥からだった
帰宅した後に実に楽し気に大量の酒を煽った彼女は沈む様に眠り
自身は何時もと同じ様に彼女に掛け布団をかけたのだが心地好さそうに身動ぎをした彼女の吐息にまた溜息を付く
彼女は最初こそ気を遣い露出を控えていたのだが近頃は風呂上がりにキャミソールとえらく短い短パン姿で居間を彷徨き此方が抑える欲望等知りもしない様子で屈託無く笑う
………欲を満たすだけならば自身がその気に成れば他で良い
眠る彼女に触れた理由には違う欲望も強く混ざっていて
あの男…………昼間彼女に触れたあの男に激しい妬心を抱いた為に彼女を自身だけのものにしたいという願望が抑えられなくなってしまっていた
彼女はいずれ自身の手の届かぬ場所に行く
其れならばいっそこの手で汚してしまえたなら………
しかし彼女の戸惑いを含んだ声が耳に届き
密着した身体から伝わる破裂しそうに脈打つ鼓動に彼女の緊張を感じた
…………ねぇ……沙夜子、……決して同じ運命を辿れないならばせめて………
なんて独り善がりは口に出さずにただ暗闇を見詰めて
ぎゅっと彼女を抱いたまま朝を迎えた
__________"
翌朝私が目を覚ますと
彼は既に起きていた
座椅子に座って図鑑を捲る彼を暫くぼーっと眺めていたが夢か幻か昨夜自身に触れた彼の熱っぽい感覚が甦り瞬時に起き上がる
「おはよう」
「お、おはようございます」
彼を盗み見るが彼は普段と変わらず淡白な雰囲気を纏い特段変化は見られない
(…………えーっと………?)
"彼に触れられた"と思うのは私の夢か妄想か………?